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花火③

 夏休みも中盤に差し掛かり、今日も生徒達は部活動に勤しんでいる。グラウンドに響く声、青い風と、砂埃。蝉の合唱は一層しつこく、休む間もなく響き渡っている。   「あの野球少年、また来てたの」    ノックもなしに、曜介が顔を見せた。たった今保健室を出ていったばかりの男子生徒と、廊下ですれ違ったのだろう。   「ああ。アイシングがしたかったらしい」 「ふーん」    曜介は、何やら含みのある返事をしつつ、手近な椅子へ腰掛けた。   「何か用かよ」 「べっつに~」 「サボりに来たなら帰んな」 「そんなんじゃねぇよ。お前がちゃんと仕事してるか、見に来てやっただけ」 「少なくとも、今のてめーよりは仕事してるぜ」 「かもな」    音楽室で吹奏楽部が合奏している。校舎内はしんと静かで、管打楽器の演奏の音色がクリアに響く。   「花火ン時に会った三人娘、全員吹奏楽やってんだよ」    曜介がおもむろに口を開く。   「ああ」 「知ってた?」 「石川がトランペット吹いてるのは知ってる」    花火大会で会った三人のうちの一人。保健室の常連さんだ。他の二人が曜介に構い切りなのに対して、彼女だけは真尋のことをよく見ていた。   「それが何だよ。演奏会でも見に行くのか」 「いや、何でもねぇけど。お前ってやっぱちょっと危ねぇよな~と思って」 「どういう意味だよ」 「いや、何つーかさぁ……」    曜介は頭を抱えて黙る。気持ちを言葉にしようともがいているのだろう。真尋も急かすことはしない。   「俺だって、お前が生徒にモテるんで、ちょっともやもやしてんだよ」    花火大会の夜、神社の裏手で交わった際に真尋が口走った言葉への返答だ。衝動的に青姦などと、笑って許してもらえる歳でもないのに、どうしようもなく昂ってしまった。その後、全身を蚊に食われて散々な目に遭ったのだが、その話は置いておこう。   「……別にモテてねぇだろ」 「モテてんの! 分かんねぇかなぁ。石川もそうだろ。お前見る目が違ったもん」 「もんとか言うな。気持ちわりぃ」 「さっきの野球少年もそうだかんね。やけに嬉しそうだったし。顔とか真っ赤だったし!」 「この炎天下で野球してんだから当たり前だろ。大体お前、おれが生徒に手ェ出すクズ野郎だと思ってんのか」 「一ミクロンも思ってねぇよ。でも、それとこれとは話が別っつーか? やっぱ、俺だけのお前でいてほしいじゃん」 「……」 「今のちょっと傲慢だった?」 「いや」 「別に浮気の心配とかしてるわけじゃ全然ないんだぜ? でも、さぁ、何つーかさ」 「……」 「お前は、この学校の保健の先生なわけじゃん」 「ああ」 「唯一無二なわけじゃん。それに白衣だし……」 「白衣は関係ねぇだろ」    曜介は低く唸り、テーブルに突っ伏してしまった。真尋は冷凍庫を開け、アイスクリームを手に取った。   「食うだろ」    ぱかっと蓋を開け、内蓋のフィルムを剥がす。まだ固いアイスの表面に、木製の短いスプーンを刺す。手の熱でアイスを溶かしつつ、一口掬って口の中へ。濃厚なバニラの風味が口いっぱいに広がった。   「つめて」 「ああ」    舌にのせて蕩かし、ゆっくりと喉を通す。吹奏楽部の演奏はまだ続いている。   「てめーだけのおれでなきゃ、こんなことはしねぇよ」 「……だよな」 「アイスで機嫌が直ったか」 「ガキ扱いすんなよ。お前がアイスで機嫌取ろうとしてきたんだろ」 「好きだろ」 「好きだけど」 「……おれも好きだ」 「へっ……?」    スプーンにアイスをのせたまま、曜介は固まった。体温でどんどん溶けていく。   「おい、零すなよ」 「ちょ、今のってどっちの意味」 「どっちでもいいだろ。食い終わったら仕事に戻れ」 「いいじゃん、このままイチャイチャしようぜ」 「しねぇ。一応仕事中だぞ」    真尋は素っ気なくあしらう。曜介は満ち足りた様子で笑う。空になったアイスクリームのカップが二つ、テーブルの上に並んでいる。

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