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危機②-♡♡♡
「……てめー、マジでこれに興奮できるんだろうな?」
「んー、まぁ、おいおいね」
曜介の最初のリクエストは、女物の下着を身に着けろというものだった。わざわざ店頭まで出向いて買ってきたという、白いレースのあしらわれたランジェリーを手渡される。所謂ベビードールというやつと、おそろいのショーツ、さらにはガーターストッキングまで。何という気合の入れようだろう。
「……じろじろ見てんじゃねぇよ」
「何でもしてくれるんだろ?」
「チッ……今だけだからな」
「ちょ、舌打ちやめてくんない」
曜介の要望により、着替えシーンも観察される羽目になった。その上、こんなものを着るのは初めてである。かなり手間取った。特にガーターベルト。これがかなりの鬼門である。ストッキングを吊るだけの作業を、何度もやり直す羽目になった。
「できた?」
「たぶんな」
ベッドの上、曜介は服を着たまま寛いでいる。自分だけ、こんな恥ずかしい恰好をさせられて、それを曜介に見られている。そう思うと、ひどく屈辱的な気持ちになった。それと同時に、体が熱くなる。
「せっかく着てやったんだ。ありがたく拝めよ」
「……写真撮っていい?」
「ダメに決まって……」
曜介はスマホに手を伸ばしていた。相変わらず、下半身は静まり返ったままである。
「……撮るだけだぞ」
「マジ? いいの?」
「ネットに上げたりとかは」
「するわけねぇじゃん! ちゃんと秘密のフォルダに仕舞っとくから、安心しろよ」
秘密のフォルダとやらには他にどんな画像が保存されているんだ、と突っ込みたくなったが、それを突き詰めている場合ではない。スマホのカメラが真尋を捉え、数回連続してシャッターが切られた。
曜介の視線も、カメラのレンズも、真尋の羞恥を煽るには十分だった。火照った肌にレースが触れて、くすぐったい。身を捩ると、レースがふわっと広がって、覗いた肌をカメラが捉える。唯一残された男の象徴が、薄い布を押し上げている。
「っ……なぁ……」
込み上げる情欲を抑え切れない。真尋の手は自然と、曜介の下腹部に触れていた。服の上から、そっと撫でてみる。しかしやはり、ピクリともしていなかった。軽く揉んでみても、柔らかいままだ。
「まぁ、そんなすぐにはね」
「わかっ……てる」
分かっている。気長に治療していかねばならない。分かってはいるのだ。しかし、既に二か月近く焦らされた肉体が、熱を欲して疼く。
物は試しだ。真尋は曜介の服を下着ごとずり下ろして、いまだ勃ち上がる気配のないそれを、ぱくりと頬張った。口に含んで、唾液を絡ませ、舌を遣って吸ってみる。久方ぶりに感じる濃厚な雄の匂いに、頭がくらくらする。しかし、いくらしゃぶってみても、相変わらず硬くなる気配はない。
「ん、んっ……」
「いや~、興奮はしてるんだけどね」
「ン、ぅ……」
「こんなにエロいのにねぇ」
溜め息まじりに呟いて、曜介は真尋の頭を撫でた。黒髪を梳いてくれる指先の感触が懐かしく、真尋はうっとりと目を細める。曜介のこの手が、真尋は好きだった。
カシャッ、と頭上でシャッター音がした。顔を上げれば、カメラが向けられている。カメラの向こうから、曜介がこちらを見下ろす。その瞳には、密かに情欲の炎が燃えていた。
「これ、そんなに欲しい?」
しかし、口に含んだものは柔らかく、いくら欲しがったってどうしようもない。
「だったらさ、ひとりでしてるとこ、見せてくんない?」
「っ……」
「後ろ、寂しいんだろ。俺のしゃぶりながらケツ揺れてんの、気付いてた?」
そんなこと、知るはずがない。揶揄されて悔しいのに、真尋はおずおずと足を開いた。
「ちゃんと、見てろよ」
「よーく目に焼き付けとく」
白いレースのあしらわれたショーツ。心許ない布に覆われ、はち切れんばかりになっている性器を、繊細なレースの縫い目に沿って撫でる。すりすりと優しく撫でるだけで、ショーツに染みが広がった。布地が白いだけ、余計に目立つ気がした。
「前も触るんだ」
「っ、たりまえ……」
「男だから?」
「おれは、おとこだ……っ」
こんな恰好をしているのに。ひらひらのレースに、性器の形をくっきり浮かび上がらせているのに。
「そろそろ前苦しいんじゃねぇの。出してやったら」
「っ、せ……だまってみてろ」
下着をずらすと、ひらひらのレースには似つかわしくない、反り立つものが現れる。締まりのない鈴口から溢れ出した蜜を指先に纏わせ、会陰を伝って、後ろの穴へと指を這わせた。軽く押し込めば、自然と沈んでいく。
「ん、んん……」
「おお、すげぇ」
行為に耽り目を瞑っていた真尋だったが、曜介の感嘆の声に、思わず目を開けた。はしたなく大股を開いた、その中心に、曜介の視線が注がれている。恥ずかしい恰好をし、己で己を慰める様を、あの双眸にしっかりと捉えられている。文字通り、目に焼き付けようとしているのだ。
「ぁ、あ……っ」
「穴のふち、ヒクついてんぞ」
「言、うな……ぁ」
「すげぇぬるぬる入ってくけど、ローションとか使わなくていいのかよ」
「っ、……」
指を二本使い、くぱくぱと穴を広げてみせる。奥に仕込んでいた潤滑ゼリーが、どろりと溢れ出た。
「準備万端ってわけね」
「くそっ……」
「あーあ、俺のが使い物になりゃあなぁ。今すぐそのドエロい穴にぶち込んでやんのによ」
「っ……!」
今すぐぶち込んでやるのに。その光景を想像し、腰が震えた。肉の淫らに震える様を、曜介にも見られてしまったことだろう。
「なぁ、もっといいとこ触れよ。もっと気持ちよくなってみ?」
「てめ、また調子のって……」
「お前の善がってるとこ見たら、元気になるかもなぁ~」
真尋に拒否権などなく、そもそも拒むつもりもないのだった。いやしい穴に指を突き立て、つぷつぷと抜き差しする。初めは浅いところを撫でるだけ。だがすぐに物足りなくなり、指が増え、ずぷずぷとひどい音を立てながら、蜜を散らす。前立腺を指先に引っ掛けて、そこばかりを苛んだ。
曜介の視線を感じる。恥ずかしい場所、秘すべき場所へ、真っ直ぐに注がれている。意識すればするほど、肚の奥が疼く。指では決して届かない場所を、強く激しく抉ってほしい。想像しただけで、蕩けた肉が痙攣する。自分の指ごときをいくら締め付けたところで、望む快楽には程遠いというのに。これ以上、視線で犯されるだけだなんて、耐えられない。
「な、ぁ……、よ、すけ」
「なーに。もっとよくなってもいいんだぜ」
「やっ、も……さわ、れ……っ」
「っつってもなぁ」
真尋がこれだけの痴態を晒しているというのに、曜介のそこは相も変わらず静まり返っていた。先程脱がしたはずだったが、いつの間にかきちんと服を着直している。その厚い布の下には、僅かの熱さえ感じられない。哀しくて、切なくて、涙が出そうになってくる。
「んな顔すんなよ。ちょっとだけ手伝ってやっから」
何をしてくれるつもりだろう、なんて考えている余裕もない。曜介の手が伸びてきて、胸元に届いた。レースに縁取られた薄い生地に覆われ、ぷっくりと粒立っていた胸の尖りを、指先で優しく摘ままれた。軽く食い込む爪の感触。繊細なレースの擦れる感触。その全てに、深く感じ入った。
びゅっ、と白濁が飛ぶ。曜介の唇を汚してしまった。舌が覗いて、白濁を舐め取る。「乳首弄られて顔射かよ」と曜介は揶揄するように笑った。肚の奥が、余韻でビクビク震えている。
指を引き抜くと、ローションと愛液の混ぜ合わさった粘液がどろりと溢れた。レースのショーツはぐっしょり濡れて、ふんわりとしたベビードールの短い裾も汚してしまった。汗だの体液だので湿った肌に、薄い布が纏わり付く。
「上手にイけたな」
「ん……」
曜介が頭を撫でてくれる。久方ぶりに得た絶頂の余韻に浸りつつ、真尋はその手に身を委ねようとした。その時である。空っぽになった胎内に、何か質量のあるものがねじ込まれた。
「あ゛っっ!?」
曜介の、ではない。曜介は服をきちんと着込んだままだし、下腹部のものは何の反応も示していない。では何が押し入ってきたのかといえば、硬く冷たいだけの無機質な機械だ。大人の玩具だ。いつの間に用意していたのだろう。
「あっ、あ゛ぁ、やだっ、……!」
「ナカ、欲しいんだろ? これなら奥までゴリゴリできるぜ?」
「や゛っ、……あああっ!」
足を閉じようとするのに、膝を掴まれ無理やり押し広げられる。カチッと手元のスイッチを入れれば、ヴィーンとモーターが唸りを上げて、真尋の狭い肚の中で暴れ回る。
「いっ……や゛、……ああ゛ぁっっ────!!」
ビクン、と大きく仰け反った。びゅるっ、と再び白濁を飛ばす。今度は自身の胸を汚した。レースもリボンも、ベトベトに汚れてしまった。
「まだ終わりじゃねぇぞ。ちゃんと自分で立ってみ」
「やっ……も、むり……っ」
「ムリじゃねぇって。ほら、こっち」
曜介に導かれ、膝立ちにさせられる。膝が笑ってまともに立っていられないのに、曜介に掴まりながらようやく姿勢を保っている。尻にはディルドを咥えさせられたまま、持ち手をベッドに固定しながら自分で腰を振れ、と曜介は言う。
「ぶるぶるすんの、気持ちい? ちゃんといいとこ当てろよ」
「ぁ゛ひっ……んん゛ぅ、っ」
「はは、ひでぇ顔」
曜介が冷たく笑う。こんな玩具なんかで感じたくないのに、感じているところを見られたくはないのに、腰が勝手に動いてしまう。無機質な凹凸で前立腺を擦って、ぶるぶると振動する先端を奥深くまで迎え入れてしまう。
ずらしたショーツが太腿に食い込む。ガーターベルトもストッキングも、恥ずかしい液にまみれている。ディルドを伝って蜜が滴り落ち、シーツをしとどに濡らしている。腰を上下に振る度に、ベビードールがふわふわ舞う。裾のレースが肌をくすぐる。
不意に視界を遮られた。何かと思えば、アイマスクである。視界が真っ暗で、何も見えない。手探りで曜介にしがみつく。髪を掻き分け、耳元に触れた指先の、その冷たさにさえ感じた。
「ほら、腰止まってんぞ。ちゃんと動けよ。イクとこ見ててやるから」
視覚を奪われ、平衡感覚すら危うい。そんな中でもはっきりと感じ取れるのは、耳元に触れる曜介の囁き。腰を掴む厚い掌。抱きしめた体の温もり。そして、肚を穿つ作り物のペニスの冷たさ。
「すげぇエロいよ。分かる?」
「わがん、な゛っ」
「分かるようにしてやるよ」
何も見えないのは、それだけで不安だ。必死に状況を把握しようとして、他の感覚が研ぎ澄まされる。ひっきりなしに響く水音。内臓ごと揺さぶる振動。精液とも愛液とも分からない、いやらしい汁の跳ねる音。己のものか、あるいは曜介のものなのか、欲情に駆られた男のにおい。微かに触れた指先から伝わる温度。耳元に触れる息遣い。
カチッ、とスイッチが切り替えられた。肚の奥へと咥え込んだ偽物のペニスが、激しい振動と共にスイングする。もはや、自分で腰を振るなどという境地ではない。ぐずぐずに濡れそぼった肉の穴を、無機質な玩具が蹂躙する。暴力的なまでの刺激に犯される。
ぷしゅっ、と何かが噴き上げた。潮か、薄まった精液か。ショーツからぴょこんと飛び出している、真尋に唯一残された男の証が、どろどろに濡れそぼって震えている。レースもリボンも酷い有様だ。ベビードールのひらひらが、べったり濡れて肌に張り付く。
しかし、こんな状態になってもまだ、解放してもらえない。曜介は真尋の腰を支えながら、さらにもう一段階、ディルドの振動レベルを上げた。真尋は曜介の首に齧り付いて絶叫する。
「なぁほら、まだイけるだろ」
「ぃや゛っ、あ゛っ、ぁああ゛ぁあっっ!!」
「もっかいイけよ。イけって」
もうずっとイッているのに、曜介はまだイけと言う。これ以上なんて無理なのに。いくら耳元で叫んでも、まるで万里の隔たりがあるかのように、声が全く届かない。イキすぎて敏感になり過ぎた性器に、曜介の指が絡み付く。それだけで、真尋は再び潮を吹いた。
「ん゛ん、……っあ゛、ぁ……」
「……お前は……俺じゃなくても……」
ガクガクと痙攣する真尋を抱いて、曜介は呟く。
「きっと、大丈夫なんだろうな」
何を言っているのだろう、この男は。真尋の方が曜介に抱かれているというのに、曜介は真尋に縋り付くようにうな垂れた。
「お前の望むもんを、俺ァ、満足に叶えてやれねぇよ」
唇が重なった。汗と涙と精液とで、ひどい味がした。
「俺が一生インポでも、お前は……」
「……てめー、さっきから何を言ってやがる」
真尋は精一杯の虚勢を張った。曜介の言葉の真意が分からない。震える手で、アイマスクを剥ぎ取った。
薄暗い常夜灯の明かりが眩しい。しょぼくれて俯いた曜介の視線の先へ目をやる。厚い布に覆われたそこは、相変わらずひっそりと息を潜めたまま、微動だにしていなかった。
「……てめーは、おれが何のためにこんなことしてんのか、全然分かってねぇのかよ」
「……」
「こんなバカみてぇな恰好して、てめーの前でオナニーして、好きでもねぇディルドを突っ込んで、それが何のためだったのか、全然分かってなかったのかよ」
「分かっ……てる、けど」
「全然分かってねぇだろ。おれァ、自分で自分慰めるために、こんなバカみてぇなことに付き合ったわけじゃねぇんだぜ。お前とセックスしたくて、お前にもう一度抱かれたくて、ただそれだけのために、ここまでやってんだ」
真尋は、体重をかけて曜介を押し倒した。その弾みで、ディルドは呆気なくすっぽ抜けた。濡れたシーツに、ぼとりと転げ落ちる。
「てめーじゃなくても大丈夫なわけねぇだろう。てめーじゃなきゃダメだから、だからここまでしてるんだろ。もし、お前が一生インポのままだったら、おれァもう、一生誰とも寝られねぇよ」
「まひろ……」
「だからもう、つまんねぇこと考えんな。お前とじゃなきゃ、何したって意味ねぇんだよ。そこんとこ、ちゃんと頭に入れとけ。このインポ野郎が」
「ちょ、最後急に辛辣なんだけど」
曜介の手が伸びてくる。頭を撫で、抱きしめてくれた。馬乗りのまま、真尋は曜介に身を委ねる。滲んだ視界を閉じて、広い胸に耳を当て、心臓の鼓動と漲る血潮を感じる。
「……おい」
「うん」
「ケツにかわいくねぇもんが当たってるぞ」
「うん、その……このタイミングで?って感じだけど……」
「いや、むしろこのタイミングだからだろ」
真尋は、厚い布を押し上げる熱源を、尻の谷間に挟むようにしてすりすりと撫でた。曜介は苦しそうに息を漏らす。
「やべ、すぐ出そう」
「無駄打ちすんなよ、もったいねぇ」
ここまで散々焦らされて、あと一秒だって待てやしない。真尋は曜介の服をむしり取った。硬くいきり立ったものが、ぶるんと勢いよく飛び出してくる。一体どれほど待ちわびたことだろう。亀頭の赤みや浮き出た血管、目の眩むような雄臭さ、全て最後に会った時と変わらない。いや、むしろそれ以上だ。舌の上に唾液が溢れる。
曜介もまた、真尋のランジェリーをむしり取る。ガーターベルトを外され、ショーツを脱がされ、優しく背中を支えられて、ベッドに寝かされる。曜介の体を挟むように、自ずから足が開いた。曜介の指が太腿に触れ、レースをあしらったストッキングの隙間に入り込む。
早く脱がしてほしい。いっそのこと履いたままでも構わないのに、丁寧にストッキングを脱がされる。曜介の指が、太腿から膝裏、そしてふくらはぎへ、ゆっくりと滑っていく。やがて踵を辿り、足底をなぞって、つま先へと抜けていく。太腿までをも覆っていた、薄く繊細な布切れが、今全て剥ぎ取られた。やっと自由になれた気がした。
真尋は、剥き出しの足を曜介の腰に絡ませ、抱き寄せる。誘うように口を開けた真尋の中心に、曜介はいきり立った熱塊を突き立てた。
「ああ゛っっ……♡」
きつい収縮を繰り返す肉襞を押し分けて、貫かれた。衝撃が脳天まで突き抜けた。全身を甘い痺れが駆け抜けて、どこまでも果てることがない。
「きっつ……」
そんな情けない声すら懐かしく、腰が震えた。
「おめーン中、すげぇあちィよ」
「おまえの、も、あつい……っ、とけちまいそ」
「んなこと言われっと、俺、もう……っ」
胸が苦しくなるくらい、強く抱きしめられた。唇が塞がれ、舌をねじ込まれる。三擦り半もしないうちに、曜介は溜めに溜め込んだ情欲を解き放った。もはや永遠に触れるべくもないと思っていた、その熱い迸りを、真尋は絶頂と共に受け入れた。
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