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第5話
「まさか、年齢を偽っているのではあるまいな? 夜会は齢十六を過ぎてから参加が許される。お前はそれよりも幼くみえる」
「そんなことしてませんっ。チビだけど、こう見えてルークさまと同い年の十六ですから」
エルヴィンは必死で訴えるのに、ルークは「ふぅん」と顔を近づけてきて訝しげな目でエルヴィンの容姿を上下に撫でるように眺めている。
「では、俺たちが八歳のころに起こった大きな出来事は?」
ルークの傲慢な顔。これはきっと試されているのだろう。
「大嵐です。リディアの街が壊滅するほどの大きな嵐がありました」
「ではそのころに流行った歌は?」
「でんでこカエルの歌です。街中の子どもたちが歌っていました」
エルヴィンは真面目に答えたのに、「カエルか!」とルークに笑われてしまった。
「ヴォーグの歌と答えると思った」
でんでこカエルは童謡で、ヴォーグの歌は兵士を讃える讃美歌だ。どっちも流行っていたのだから間違いではないのに。
「お前、面白いな」
ルークにケラケラと笑われて気がついた。それは十六歳の同い年のごく普通の笑い方だった。
「ルークさまこそ話してみたら普通の人でした」
ルークにずっと憧れていた。そのせいかルークをどこか神さまみたいに思っていたのかもしれない。でも、ルークはもちろん神ではなくて、ごく普通の自分と同じ少年だった。
ルークに親近感を抱いた。
凛々しくて圧倒的な異彩を放つルークの姿は魅力的だと思う。そんなルークの素の一面を垣間見た気がしてエルヴィンはつい気持ちが緩んだのだ。
「普通か……」
さっきまで笑っていたルークの表情がパッと変わった。笑顔が消えたことでエルヴィンは察する。
「もっ、申し訳ございませんっ、ルークさまに向かって普通だなんてっ!」
失礼なことを言ってしまった。相手は黒狼獣人の第二王子だ。ルークのひと言で猫獣人は絶滅させられてしまうほどの力を持っている。そんな御方に対してありえない粗相だ。
「かまわない」
ルークは一歩、エルヴィンに近寄ってきた。
「お前はいいな」
ルークはエルヴィンの耳朶に唇を寄せ、囁いた。
その声にドキドキした。耳にかかる吐息にぞくりとし、尻尾の先の毛まで逆立った。
近くにルークを感じる。エルヴィンは自分よりも強い肉食獣人に近寄られるのはあまり得意ではない。本能的に逃げ出したくなるのだ。でもなぜかルークに近寄られても、まったく嫌だとは思わなかった。
「あとひとつ、教えてほしい」
ルークの金色の瞳が、エルヴィンを見つめている。
なんだろう。ルークはこんな貧乏猫獣人の何が知りたいのだろう。
「はい。なんなりとお答えいたします」
エルヴィンは頷く。ルークと話ができるだけでも嬉しいのに、まさか興味をもってもらえるとは。
「あの……」
ルークが言いかけたときだ。夜会の会場から「ルークさま!」「ルークさま、どちらにいらっしゃいますかっ!」とルークを呼ぶ声がする。それを聞きつけて、ルークの獣耳がピンと立った。
それもそうだ。この夜会の中心人物は間違いなくルークで、みんなルークと話したいのだろう。
「また話そう」
ルークはエルヴィンの頭にポンと触れ、そのまま会場へと戻っていった。
エルヴィンはルークの手の温もりの余韻を感じたまま動けない。その場からルークの背中を見送るだけだった。
エルヴィンは他人に頭に触れられるのはあまり好きではない。でもルークは特別だ。ルークに触れられて、エルヴィンの心の中に芽生えた感情は好意的なものだった。
「いい人だなぁ」
エルヴィンはぽつり呟く。
とても同い年とは思えない。ルークは強くて気高くて優しくて、エルヴィンとは大違い。とても立派な人だった。
それが、ルークとの最初で最後の接触だった。「また話そう」と言われたのに、ルークはいつまでも引っ張りだこ。気がついたときには夜会は終わっていた。
でもその日の出来事はエルヴィンにとって、忘れられない思い出になった。
ルークにとっては大したことでもない、気まぐれな行動なのだと理解している。だがエルヴィンはその日以来、ルークに心奪われてしまった。
お礼の手紙を書いてみたり、次の年の建国祭のときには熱い視線を送ってみたりした。
そのどれもルークからの反応は返って来なかった。まぁ、ルークにはたくさんの人から手紙が届くのだろうから、こんな猫獣人の手紙などにかまけている暇はないのだろう。
エルヴィンは遠くからルークを眺めては、ドキドキと叶わぬ想いにひとり胸を高鳴らせていた。
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