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第6話
エルヴィンが十八歳になったころのことだ。
猫獣人も情勢に抗えず、黒狼獣人と同盟を結ぶことになった。
黒狼獣人の王が崩御し、ルークの兄メイナードが後を継いだ。それから異獣人に圧力をかけてくる政治に変わり、敵だと見なされたら、一族が滅ぼされてしまうかもしれない状況にまで追い込まれていたからだ。
そのため、猫獣人の王族を黒狼獣人の王家に差し出すという方法を取ることになり、第三王子のエルヴィンが自国を出て、黒狼獣人の城で暮らすことになった。
エルヴィンも自分の置かれている状況をよく理解している。父親も、亡き母親も、兄弟たちも、何もできないエルヴィンを責めることなく受け入れて、守ってくれた。
自分も猫獣人の王族の端くれとして一族の繁栄のために少しでも役に立ちたいと常々思っていたところだ。役立たずの身にできることならば、と二つ返事で引き受けた。
今のエルヴィンの立場はルークの妃候補だ。
実際は人質だが、それでは聞こえが悪いため、建前上は妃候補という扱いにされている。
この世界には雄と雌の他に、雄雌の境目が曖昧な種がある。エルヴィンがその種にあたり、見た目はまったく雄の姿でありながら後孔の奥に子を宿す器官が存在し、雄と交われば子を孕むことができる。
だから妃候補という名の人質になれたのだが、エルヴィンが実際にルークと交わることはない。
猫獣人なら猫獣人、黒狼獣人なら黒狼獣人と同種間で番 となり、繁殖していくのが通常だ。もちろん例外はあって、異種族と番うこともあるが、稀なことだと捉えられている。
そして黒狼獣人の特性として、番は生涯ただひとりと決まっている。
ルークにはすでに婚約者がいると聞いた。黒狼獣人のアイル公爵令息だ。エルヴィンも見かけたことがあるが、見た目も麗しくて民からも慕われている様子の素晴らしい獣人だった。
ルークが番になる相手はすでに決まっている。そして、黒狼獣人は側室を作らない。つまりエルヴィンがルークに選ばれることは、ありえないということだ。
それを表しているように、この城に来てからエルヴィンはルークと一度も対面していない。本当の妃候補なら半年間も放置されることなどない。
ルークと同じ城に暮らすのだから、少しくらいは会話をできるだろうと期待していたのに、出迎えすらなかった。
それについて悲しいと思ったことはない。エルヴィン以外の他の獣人の妃候補とされた王族もルークにはほとんど会ったことがないと言っていたし、そんなものなのだろうと諦めていた。
エルヴィンのお役目は、妃候補という名の人質生活をここ、黒狼獣人の城で過ごすことだ。
幸い衣食住は担保されているし、エルヴィンはこれを機に治癒師としての勉強に精を出すことにしていた。
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