16 / 38

第16話

 夜も深まるころ、一日の終わりにエルヴィンは寝る前の薬を持ってルークを訪ねた。入浴後の傷の手当てを終え、薬をきちんと飲んだことを確認し、エルヴィンはほっと胸を撫で下ろす。 「殿下。これで今日の治療は終わります。また明日の朝食後、薬を用意して伺わせていただきます」  エルヴィンがベッドに座っているルークに頭を下げて、退出しようとすると、ガシッと腕を掴まれる。 「エルヴィン。今宵も頼む」 「な、何をです……?」  「添い寝だ。昨晩はエルヴィンのおかげでよく休めた。だから今宵も頼みたい」 「えっ?」  あれは今生一度きりのことだとばかり思っていたのに。 「ですが殿下」  そんなことを頼まれても困ります。僕はこれ以上あなたといたら、あなたのことを好きになってしまいます。そうしたら別れのときが余計に辛くなるから嫌なのです。とは言えない。 「どうしてもダメか? この俺がここまで頼んでいるのに?」  ルークは獣耳を垂れて、上目遣いにエルヴィンに懇願してくる。剛健の黒狼がまるで弱々しい子犬のようだ。  目を潤ませて、縋るような顔をされると見捨てることなどできない。 「しょ、承知いたしました……」  エルヴィンが観念すると、さっきまで下手に出ていたルークが急にエルヴィンの身体を力強く抱きしめ、身体を回転させてベッドに引き倒した。 「い、いきなり何をなさるんですかっ」 「すまない。エルヴィンが可愛くて仕方がなくなった」  ベッドの上でルークに抱きしめられる。ルークの身体は、傷を癒すために特別に用意した薬草の入浴湯のいい香りがする。 「エルヴィンをベッドに誘うときは、飼い犬のようにすればよいのだな」  さっきのはルークの作戦だったのだ。わざと下手に出てエルヴィンの同情を誘う、ずる賢い手段だ。 「ちっ、違いますって!」 「じゃあなんだ? こっちか?」  ルークはエルヴィンの身体をベッドに押し倒し、上から覆い被さってきた。  両手首をルークの手で押さえつけられる。柔らかいベッドに沈む手首はルークの力で完全に掌握されている。 「強引にベッドに押し倒されるほうが好きか?」  手首を掴まれ、ルークの大きな身体にのしかかられたら小さな猫獣人のエルヴィンは動けるわけがない。 「殿下っ、ご冗談を……あっ……!」  ルークの舌がエルヴィンの首筋をペロリと舐めた。  ざらりとした感覚にゾクゾクする。エルヴィンにとって首は感じやすい場所で、そんなところを舌のような濡れた生温かいもので責められたらひとたまりもない。 「あっ……ッ! んっ……」  身をよじって首をイヤイヤしてもルークからは逃げられない。体格が違いすぎて、エルヴィンは足の先を動かすくらいしかできない。小柄な猫獣人が黒狼獣人に勝てるわけがない。 「はぁっ……エルヴィンを食べたい……」 「あぁんっ……殿下、おやめくださっ……」  獰猛なルークの八重歯を見て、このまま食われると思った。エルヴィンの運命は間違いなくルークの手中にある。ルークが牙を立てたら最後、エルヴィンなんて呆気なく食べられて終わりだ。 「殿下っ、殿下っ」  エルヴィンの必死の訴えが聞こえたのか、ぴた、とルークの動きが止まった。  押さえつけていた手首を開放してくれて、エルヴィンから身体を下ろす。ルークはエルヴィンのすぐ横にあぐらをかいて座り、しゅんと首をうなだれた。 「すまないエルヴィン……このようなことをするつもりはなかった……」  ルークはエルヴィンの身体にふわっと布団をかけてきた。 「……自制する。エルヴィンに痕をつけたせいで婚礼の日にエルヴィンに妙な噂が立ったら大変だ」  ルークは少し距離をとってエルヴィンと同じ布団の中に潜り込んできた。  エルヴィンに背中を向けたままのルークの姿を見て胸がズキンと切なくなる。  黒狼は根っからの狩猟獣人だ。猫のような弱い獲物を見ると本能的に襲いかかりたくなるのだろう。  獣人は古来からの生き物としての本能が強く残っており、その特性に抗えないのだ。 「ご心配には及びません。僕に傷をつけても、問題にはなりませんよ」  婚礼の際にルークの隣に並ぶのはエルヴィンではなくアイルだ。今ここでエルヴィンがルークに傷物にされても、ルークの婚礼は皆に祝福を受けて厳かに行われることだろう。そのことに気がついていないのは記憶違いのルークだけだ。  ルークはエルヴィンの言葉を捉えてピンと獣耳を立てた。  申し訳なさそうにルークの尻尾がエルヴィンの膝をかすめる。尻尾の先端で構ってほしそうに触れてくるから、そっとエルヴィンは尻尾に手を伸ばす。  ふわふわで繊細な毛並みが手のひらを撫でる。それがくすぐったくて気持ちがいい。 (殿下の尻尾、可愛いな)  ルークの尻尾はよく動く。エルヴィンの手をかすめる滑らかな毛並みがぴょこぴょこ動くからエルヴィンも楽しくなってきた。  ついにエルヴィンがルークの尻尾を掴もうとした瞬間に、ルークが身体の向きを回転させ、エルヴィンのほうを向いた。
27
いいね
26
萌えた
26
切ない
5
エロい
26
尊い
リアクションとは?
コメント
4件のコメント ▼

きゃー💕ルーク様の狼成分が見られました💕 でも、相変わらずすれ違ったまま😭 これはエルヴィンからしたら、切ないですよね😭

狼成分✨ありがたきお言葉ありがとうございます。 エルヴィン食われる寸前です!傷つけられてもいいなんて思っちゃって可哀想ですけれども😭 感想ありがとうございます励みになります!

殿下の攻めに、キュン💘だったのですが…… (食べてほしかった😭 いつの日か食べ尽くしてくださいませね🙏) 殿下はエルヴィンのことを傷つけたくないし、嫌われたくないし…💧 そんな殿下の想いを、エルヴィンくんはまたまた何やら?勘違い?? 黒狼や猫が?!ってことではないのにですね😓

ルーク、エルヴィンに手を出したいけど、婚前で手が出せない(自分でも最初手は出さないとかカッコつけて言っちゃって、今ごろ後悔しているのでは😂) すみません、ふたりのモダモダが続いております。

ともだちにシェアしよう!