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第17話
「エルヴィン、すまなかった」
ルークは少しバツが悪そうな顔をしている。
意外だった。
王者ルークでもこんな顔をするんだと、エルヴィンはハッと目を開く。
婚約者に甘えたり、拗ねたり、寂しがってみたり、添い寝をしてくれと温もりを欲しがったり。
この数日、ルークの知らない面をたくさん知った。
そうだ。ルークだって皆と同じだ。当たり前のように感情の起伏がある。
きっとルークは外では無理をしているんだろう。王弟として立派であれと、皆のために尽力せねばならない。発言や挙動ひとつとっても誤解のなきようひとつひとつ丁寧にしなければならない。
それができるルークはすごい。だが、ルークだって時には笑ったり泣いたり我が儘を言いたくなるだろう。
「いいえ。殿下が謝るようなことは何もありませんよ」
エルヴィンがルークに微笑みかける。それでもルークは「いいや」と首を横に振った。
「俺が悪かった。怖い思いをさせたな」
ルークの優しい手がエルヴィンの猫耳に触れる。普段そこに触れられるのは苦手なのに、不思議とルークだったら嫌悪感は何もなく、むしろもっと触れてほしいと思った。
「何も怖いことはなかったです。殿下を怖いと思ったことなんてありません」
どうしてだろう。本来なら大きな獣には本能的に恐怖心を抱くはずなのに、ルークを怖いと思ったことなど一度もなかった。さっきだって、ルークになら食べられてもいいなんて思った。
「さっきまでの殿下は狼ではなく子犬のようでした。殿下だってお疲れになられますよね? どうか婚約者の僕の前だけは、自分を偽らず楽にしてくださいね」
ルークはエルヴィンの返答を聞いて「俺が子犬か。傑作だ」と豪快に笑う。
ああ、この顔は昔見たことがあると懐かしさを覚えた。ルークはその言動からしっかりしているように見えるが、実はまだエルヴィンと同じ年の十八歳の青年だ。
「エルヴィンは物怖じしないで俺に向かってくる。そういうところが好きだ」
そう言って愛おしそうに見つめてくるルークの金色の瞳にクラクラする。好きだと言われて胸がキューッと苦しくなる。
ルークのそばにいたら、こうなることはわかっていた。憧れの人に愛を囁かれて好きにならないわけがない。
どうしよう。一緒にいればいるほど、どんどんルークを好きになる。惹かれてもこの恋が叶うことはないとわかっているのに。
「またそのような顔をして。エルヴィンはどうして俺が近づくと寂しそうな顔をするのだ?」
理由は明白だ。ルークの言葉が偽りだということが辛いからだ。
だがそんなことを記憶違いのルークに言っても仕方のないことだ。本人には自覚も悪意もないのだから。
「殿下の気のせいですよ。僕はなんともありませんから……」
取り繕うために必死で笑おうとする。これでうまく笑えているだろうか。
「そうだ、治療のお礼だ。エルヴィンに耳掃除をしてやる」
「えっ? なんで急にっ?」
「いいから。俺の膝の上に頭をのせろ」
テキパキと耳掃除の道具を取り出したルークは、半ば無理矢理にルークの膝の上にエルヴィンの頭をのせる。
「じっとしてろ」
ルークの指がエルヴィンの猫耳の先端につんと触れる。エルヴィンの抵抗がなかったことを確かめたのち、耳を指で温めるようにもみほぐしていく。
どうしてだろう。獣耳は敏感なところだから、あまり他人には触れさせない場所だ。
でも、ルークにはそれをあっさりと許してしまった。
丁寧にほぐされて、とても気持ちがいい。エルヴィンがうっとりしていると、次にルークは水で湿らせたわた綿を使って耳の中を拭き始めた。
耳の入り口あたりの細かな内部まで触れられて、エルヴィンの全身の肌がぞわっと粟立 った。
「あ……そこ気持ちいい……」
優しくこすられると気持ちがよくなる場所で思わず声を洩らすと、ルークがそこばかりを責めてくる。耳掃除なのに、なぜか気持ちよくなってきて腰が揺れてしまう。
それにルークの膝枕の温もりがいい。ほんのりとルークの匂いを感じながら、目を閉じ身を委ねる気持ちよさったらない。
「あっ……もっと……」
思わず吐息が洩れる。
ああ、最高だ。
このままずっとこうしていたい。
「エルヴィンを妃に迎えたら、好きなだけやってやる」
エルヴィンが妃になる日など訪れないのに、ルークは相変わらず記憶違いのままのようだ。
「はい。ありがとうございます……」
薬のせいで一時的におかしくなっているだけなのだから、ルークに罪はない。僕は妃にはなりませんよと否定するのもできなくて、エルヴィンは婚約者のふりをして話を合わせておいた。
「エルヴィンに甘えられると嬉しい。気まぐれ猫が俺の耳かきを受け入れてくれるとは、幸せなものだな」
「ふ、にゃ……ぁ……」
エルヴィンは返事にもならない声を出して喉をゴロゴロ鳴らす。
ここは天国かと思うくらい最高だ。
ルークに耳かきをさせてしまって申し訳ないと思う。でも、エルヴィンのことを婚約者と勘違いしたルークが悪いなどとひらき直る。
まぁ、それも今だけだ。こんな甘い新婚生活をルークと送れる日々は来ない。毎日耳かきなんてしてもらえるはずもないのだ。
だから、ルークが記憶を取り戻す日までは一緒にいさせてほしい。
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