32 / 38
第32話
「ホントに? 本当にっ?」
信じられない。どう考えても自分がルークの婚約者だとは思えない。
「で、でも僕がこの城に来たとき、殿下は会いにいらっしゃいませんでした……本当の婚約者ならなぜあのようなことを?」
「エルヴィンが来ていることを知らなかったのだ。誰も俺に知らせを持ってこないから、ずっとエルヴィンは俺からの手紙の返事に困っているものとばかり思っていた。まさか兄上が決めた妃候補の中にエルヴィンが埋もれているとは思いもしなかったのだ」
ルークには妃候補が大勢いる。それはメイナードが勝手に決めたことだが、エルヴィンもそのうちのひとりと間違われてしまったようだ。
「だが、エルヴィンはすでにこの城にいた。それに気がついたのが、俺が瀕死の状態でエルヴィンの元に空間魔法で飛ばされた日だった」
たしかにあのときが妃候補になってからルークと初めて対面した日だ。実際に出会うまでルークはエルヴィンの存在に気がつけなかったのか。
「エルヴィンは必死になって俺を助けようとしてくれた。瘴気にやられて一歩も動けなかったが、エルヴィンの声も、俺にしてくれたことも全部記憶している。必死になって薬を飲ませてくれたときのこともはっきりと覚えている」
「あ、あれを覚えているのですかっ?」
あれは、ルークの意識がほとんどないと思って大胆な行動に出たのだ。あのとき口移しした行為をルークが鮮明に覚えているとは思わなかった。
「覚えている。エルヴィンは何度も何度も俺に口づけを――」
「わーっ!」
思わずルークの口を塞いでしまった。そんなことを大勢の前で暴露しないでほしい。
「どうしたエルヴィン。お前は俺の婚約者なのだから、口づけくらい交わしていてもおかしくはないだろう?」
「は、は……い……」
皆の前で臆面もなく愛の言葉をぶつけてくるルークにエルヴィンは耐えきれない。恥ずかしすぎて顔がほてってきた。
「いつでも俺の部屋に来てよいからな。謀反のときはエルヴィンを巻き込みたくなくて俺から遠ざけたが、もう大丈夫だ」
そうだ。今朝、薬を届けに行ったとき、ハーデンにルークの部屋に入ることを拒絶された。あのとき、ついにルークの記憶違いが治ったのだとエルヴィンは思っていたが、本当は謀反が起こる目前だったのだ。
「エルヴィン。俺はずっとお前を探していた。リディアの大嵐に巻き込まれたとき、名前を聞いておけばよかったと何度後悔したことか。でも、八年後に再会できた」
「え……? あのとき殿下はリディアにいたのですか?」
リディアの大嵐のときにルークがいたとは知らなかった。たしかにあのとき各国の王族が大勢訪れていた。
「でんでこカエルの歌なんて誰も知らない。流行っていたのはごく一部の地域だけだ。それを頼りに俺はあのとき手を差し伸べてきた猫獣人を探していたんだ」
「まさか、あのときの狼獣人は殿下ですかっ?」
エルヴィンの頭の中にあのときの記憶が蘇る。金色の瞳をした狼獣人が雨に打たれながらうずくまっている、寂しい姿を思い出した。
「ああ、そうだ。エルヴィン、あとひとつ教えてほしい」
ルークは金色の双眼でエルヴィンを見つめている。その顔が、いつかのあの日、エルヴィンを見上げてきた幼い狼獣人の顔と重なった。
ともだちにシェアしよう!

