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祝勝の宴、最終日。 3日目ともなると、酒と吐瀉物の匂いが充満した王宮はさながら無法地帯だった。 赤い薄衣を着せられ、けばけばしく飾り立てられた今日のアロの姿に、男共は酒で濁った目を凝らし、その場でペニスを掻き始める者もいた。 時々王に体を弄られながらも、これまでになく涼しい顔で酌をして、男供の下卑た視線を飄々と受け流す奴隷は、かえって野蛮なギャラリーの下衆な欲望を煽るばかりに見えた。 全てが終わるまで、このままろくでもないことが起きなければいい。 そんな願いも虚しく。結局、その発端は王だった。 夜。庭園に設けた舞台で半裸の女達を舞わせていた王は、宴も酣(たけなわ)になると、奴隷に「舞台に上がって小便しろ」と命じた。 「承知しました」と少しの躊躇もなく舞台へ向かうアロに、どよめくギャラリーは口々に下品な歓声を浴びせた。 「あのクソがーーー」 「アーサー様!」 腕を掴んだガイを振り切り、色めき立つ群衆を掻き分けて王の元に向かった。 舞台の階段を登る奴隷の後ろ姿は堂々として勇ましく、これ以上なく艶めかしい。 「陛下」 王の元に跪き、形だけの敬礼をした。 「僭越ながら、お耳を拝借したく…」 「どうした」 にやつく王は酔っているが、目には正気の光がある。酩酊した挙げ句の悪ふざけではないとわかれば瞬時に怒りが噴き上がったが、であれば話は通じるだろうと憤懣(ふんまん)を飲み込んだ。 王の耳に口を寄せて舞台を睨むと、屈んだ奴隷が衣の裾を今にもたくしあげようとしていた。 「……どうか」 するすると持ち上がった裾の腿が露わになった時、王が「やめろ」と怒鳴った。 動きを止めた奴隷に、ギャラリーから落胆のブーイングが上がり、罵声を浴びせる者もいた。 そして、舞台に向かった時と同じように。何に動じるわけでもなく、堂々と舞台を降りた奴隷は、数歩歩いた所で地面に倒れた。 後宮の彼の館に運ばれたアロは、医者が適当に様子を診て帰った後も寝息を立てていた。 化粧が崩れ、すっかり病人らしくやつれた顔は、それでも美しい。 しばらく寝顔を眺めたが、彼は目を覚ましそうにない。 ぬるくなった額の濡れタオルを新しくしてやり、さて帰ろうと思った時だった。 目を覚ましたアロが、瞬時に覚醒した目を見開いて、険しい顔で周囲を確認した。 「…!?」 それは、長いこと戦に身を投じていた習性か、奴隷としての恐れからかはわからない。 そして、俺を見とめた彼は、緊張を解くと亡霊のような顔を背けた。 「…ここは、私のーーー」 「寝室」 「貴方が連れて?」 「まさか、お前の従者達だ、まぁ、背負ってやってもよかったーーー」 「ご冗談を」 「横抱きのほうがいいか?」 「…もう、お帰りください」 「…医者は心労と疲労だと言っていた」 「そうですか」 力なく目を閉じたアロは、ひっそりとため息をついた。 「…殿下」 「その呼び方はーーー」 「貴方が、王を止めたんですね?」 「…ああ」 「どうしてですか?」 「…俺が見たくなかった」 「貴方は変わってるーーー」 「余興と辱めは違う」 「…どう言って、止めたんですか?」 「…知りたい?」 「ええ」 「どうして」 「…何が王の気をそう簡単に変えたのか、興味があります」 「…俺は有能だから、まぁ、信頼を置かれてる」 軍師の俺は歴史的勝利の立役者で影の英雄であり、”竜のへそ”でお前を負かした張本人である、とはとても言う気になれない。 「そうですか」 気のない声に安堵しながら、いつか真実が知れたら、彼は烈火のごとき怒りと憎悪を向けるだろうかとぼんやり思う。 「宦官達の反感を買う、それと、貴方の奴隷を安売りしてどうする、そう言った」 「…反感?」 「去勢男を辱めて見世物にして宦官が喜ぶと思うか?高官、重臣の8割は宦官だ、あの人は頭が足りない」 「…今度こそ、首が飛びますよ」 薄暗がりで、アロの口元が「ふ」と笑ったような気がした。 「事実だ」 「…貴方がどうお考えであろうと、奴隷は奴隷ですーーー」 「今日のお前は腹立たしいほど美しかった、下品なくらい…」 「…」 「力づくでも手折りたくなる、高嶺の花だったーーー」 「そう思われるのは悪くないですね…」 「……?」 「化粧はいい、自分ではない”もの”でいられます…」 そう呟いた顔は、いつもの、どんな感情も見えない仮面に戻っていた。 「…着替えを手伝ってやる、それでは体が冷えるだろう」 「結構です」 「…化粧を落としてやろうーーー」 「どうか、お構いなく…」 額のタオルをもう一度濡らして額に乗せてやると、アロは「気持ちいい」と疲れた目を細めた。 「ゆっくり休むんだ、明日も、ちゃんと」 「…貴方は私の主人じゃない」 「…そーだな、余計なお世話か」 寝所を出ようとした時。背中に聞こえた小さな「ありがとうございます」に、振り返らないで後にした。

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