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翌日の宵の口。
ガイを伴って後宮のアロを訪ねると、彼は寝所で休んでいた。
従者達に聞くと、昼の間は王の散歩についていき、風呂を共にしたという。
寝床から「何をしにいらしたんですか」と素っ気なく迎えてくれたアロが、嫌そうな一瞥をくれて向こうに寝返りを打ったのは、既に化粧を落としていたからだろう。
「見舞いに参りました」
「…病では、ありませんのでーーー」
「そう言わずに、栄養がつく物と、フルーツを持ってきました」
「…恐れ入ります、ダイニングの方に置いておいてください」
「召し上がりませんか?」
「もう、夕食をいただきましたので」
「そうですか、では明日にでも…それと、これを持ってきました」
「…」
ガイから受け取った包みを寝台に置いても、アロはこちらを向こうとしない。
「詫びの品です、一昨日汚してしまった衣ともう2着、よかったら着てください」
「…2着?」
アロは煩わしそうに体を起こすと、顔を伏せたまま手繰り寄せた包みを開いた。
空色の衣と、青緑と濃紺の男物の衣を見たアロは、軽く顔を起こして「どういうことでしょう」と困惑した。
普段、彼が男物を着て王に随行することはない。
「あなたに似合う色です、室内着にでもしてください」
「こんなに、上等な物を…?」
「仕方がありません、気にせず役立てていただければ」
「…殿下」
苦しそうに俺を見上げたアロは、ちらりとガイを伺うとその場で平伏した。
「お気遣い、痛み入ります…」
「顔を上げてーーー」
「しかし」
「…?」
「祝宴の時より、感謝してもしきれないことばかりですが、もうこれ以上…お気遣いは無用でございます…」
「…そうですか、では、帰ります」
寝所を出ると、後ろでアロが寝台を出る気配がした。
館の入口まで俺達に付き従い、「ご足労ありがとうございました」と深く頭を下げたアロを振り返ると、彼は困りきった顔をさっと伏せて中に戻った。
後宮を出た途端、ガイは「気に食わない、失礼なヤツです」と不満を露わにした。
「かわいいじゃん、わざわざ見送ってくれた」
「貴方のご身分を考えれば当然のことです」
「そう?」
「しかし、どうしてあんなに下手(したて)に?」
「別に、敬意を払ってるだけ」
「まるで国賓のようです」
「彼は優秀な戦士で医官だった類(たぐい)まれなる男だ、あんなとこで腐らせていい人材じゃないーーー」
「初耳です、あなたは大事なことを仰らない」
「沈黙は金なり」
「ではなぜ、彼は王にーーー」
「囲われたか?見ての通り単に見た目だ、それもただ美形ってだけじゃない、気丈で屈服させたくなる」
「貴方も大層お気に召す程度の」
「大層な」
「…まさか、本気で横恋慕でも?」
「掻っ攫(さら)ったのは王の方だ」
「…ところで、随分とあの奴隷に嫌われているようですがーーー」
「奴隷って言うのやめない?」
「…あの、男に」
「化粧を落としてた、顔を見せたくないんだ、お前がいたしな」
「私のせいですか!?」
「もうお前を連れてくのはやめようーーー」
「もう来るなと言ってましたが?」
「話し相手でもいなきゃつまんないだろ」
「余計なお世話かもしれません」
「あいつもそう言ってたよ」
「…あの男を困らせて楽しんでいるんですね?」
「まさか」
「貴方を本当に避けたがっているように見えました」
「俺と仲良くして王の機嫌を損ねたくないんだろ」
「………」
「しばらく、遠くから眺めとくだけにするよ」
「くれぐれも穏便に」と顔をしかめたガイは、やれやれと溜め息をついた。
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