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翌日、アロが徘徊したという報告は上がってこなかった。 翌々日も徘徊の報告はなく、それは収まったのだと安堵したその次の日の夜、アロが倒れたと報告を受けた俺は、その足で後宮に向かった。 実のところ、アロは昨日から顔色が優れなかったが、今日の午前、王に口淫をした後に体調を崩し、夕方に風呂で犯された後、嘔吐をして倒れたと言う。 館について、困り果てている従者達の様子を見れば、王の機嫌を損ねたことがよくわかった。 寝所で臥せっているアロの化粧はほとんど溶けて、薄衣のままだった。 「どーした、風邪でもこじらせたか?」 試しに軽いノリで声をかけてみたが、彼はこちらに背を向けただけだった。 「東の果ての珍しい果実を持ってきた、モモっていう、邪鬼を払う力があるらしい、うまいぞ…あっちにある、気が向いたら食べるといい」 「………」 「…どうした?何があった?」 「…」 「…言ってくれなきゃ、お前を守りきれない」 「………」 「…」 「…昨日から、頂いた薬を飲んでみました」 「そうか」 「それだけです…」 静かに答えたアロは、重苦しい溜息を絞り出した。 例の薬は宦官達にはお馴染みのもので、服用すれば性交ができなくなるとか、彼のような副作用は聞いたことがなかったが、その影響としか考えられなかった。 「飲むのを控えよう…かえってお前の体には負担になる」 「…」 「おい、誰か、水桶と布を持ってきてくれないか?」 「…」 「こんなことになるとは思わなかった、すまない」 「…あやまらないで、ください」 「ゆっくり休むといい、着替えを手伝ってやるーーー」 「結構です、従者に頼みます…」 ワードローブを探ると、女物の衣とは区別して、俺がやった衣が下げられていた。そのどれにしようと考えていると、脇の小物棚が目についた。一番上の引き出しを開けてみると、王から賜ったらしい高価な装飾品が無造作に放り込まれている。二段目の引き出しには、化粧品と小物や雑貨類。三段目には、例の薬と布に包まれた何かーーー。 淫具を役立ててくれてよかった、とだけ思うようにして、先日渡したばかりの濃い緋色の衣を選んだ。 「まずは化粧を落とそう」 従者の用意した布を濡らして寝台に掛けると、アロは背を向けたまま「ご勘弁を」と身を縮めた。 構わず顔を無理矢理に拭ってやり、覗いた素の顔は、やはり凛々しく美しかった。去勢の影響か、記憶より薄くなった髭と、丸みを帯びた顎や頬、そして、どこか諦めたような目元が纏う儚い色香から目を背けることはできない。 「…お前はいい顔をしてる」 「…」 怪訝な顔をしたアロは、酷く気まずそうに目をそらした。 「さぁ起きろ、着替えだ、お前は俺の着せ替え人形だ」 「やはり私はおもちゃなんですねーーー」 「そう思ってたほうが気が楽だろ?ほら」 引っ張り起こした体から薄衣を剥ぎ取ると、アロは不貞腐れながらも黙って従った。 胸から腹には所々にかさぶたが残る赤い擦り傷と、真新しい噛み跡がいくつか残る左の前腕を確認できた。前布の脇に見える腰と太腿は、これも去勢のせいか、記憶よりだいぶ丸く、柔らかな造形になっている。 下腹に吸い寄せられた視線を上げると、アロが嫌悪を剝き出していた。 「そんな目で見るのはおやめください」 「なんともエロい体をしてる、王が羨ましい」 「…わざわざ言わなくていいこともあります」 「すまない、俺だって人並みには肉欲がある」 羽織らせた緋色の衣の腰のベルトを結んでやると、ほっとしたのか、アロは肩をそっと落とした。 「うん…思った通り、男姿のほうが俺は好みだ」 「さようですか」 フンとそっぽを向いた彼の刺々しい態度に安堵する。 このまま、いつもの調子に戻ってくれたらいいと思う。 「…あぁ、本当のお前は、女の時よりずっと凛々しくて美しいーーー」 「褒めても何も出ませんよ」 「本心を言ったまで」 「………」 「薬をやめたからといって、また徘徊しないでくれ」 「…はい」 「来るなら俺の所にーーー」 「ご存知でしょう、夜間は後宮外に出ることは禁じられております」 「冗談だ」 「…」 「毎晩気が済むまで自慰をして、すっきり寝たらいい」 真っ赤な顔でぎりと俺を睨みつけたアロは、悔しそうに唇を噛んだ。 「…馬鹿にしてるつもりはない、俺は真面目だ」 「…」 「それと、腕を噛まずに布か何かを噛め、枕でもいい…」 「…はい」 左腕にそっと引いた彼に気づかぬふりをして、腰を上げた。 「じゃあ、帰る」 「…アーサー様っ…!」 「なんだ」 振り返ると、アロはシーツに這いつくばって平伏していた。 「先日っ…貴方に爪を立ててしまいました…」 あの夜、強く掻かれた腕の傷はまだ治りきっておらず、包帯を巻いていた。 「…あぁ、重罪だな」 「大変申し訳ーーー」 「顔を上げろ、気のせいだ」 「そんな、はずはっーーー」 「じゃあ、帰る、ちゃんと休むんだ」 項垂(うなだ)れたまま「ありがとうございます」と言ったアロに背を向けて、「見送りはいらない」とその場を離れた。

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