12 / 21
* * *
そして、この爛れた夜が続いて4か月が経とうとしていた頃。
属国である西南の国でクーデターが勃発し、権力を握った反王派が我が国(うち)に反旗を翻して状況は変わった。反乱の規模はそう大きくなかったが、西方の地方軍の要でもあったそこの制圧には中央軍が出向く必要があり、軍師である俺も西に行かなければならなくなった。かつて、南の国との戦でそうしたように、どんな規模の戦でも、全容を把握し戦略を立てるために一度は現地の視察に赴く必要がある。
出立前夜。
アロの館を訪ねてしばらくの不在を告げると、彼は寂しい顔をしてみせた。
「…それで、お戻りは?」
「早くて2週間、長くても3週間を見てる」
「そんなに早く?」
怪訝な顔をしたアロには、まだ、俺が軍師であることを言っていなかった。
「あぁ、反乱の規模はまだ小さい、すぐに制圧できる見込みだ」
「…貴方も先陣を切って戦いに身を投じるんですね」
懐かしそうに目を細めたアロは、ハーブを煮出した茶を用意した。
時節は秋口。夜は日毎に冷えが増していた。
「先陣は切らない、前にも言ったが剣を振り回すのは好きじゃない…向いてない」
「…そうですね」
アロはカップに口をつけると、フフンと鼻を鳴らした。
「なんだ」
「いつかの貴方を思い出していました…戦慣れしている者なら、もっと血の気が多いはず」
「…」
「貴方は本当に”やむを得ず”、そんな感じだった…」
「そうか」
「……長いこと戦場にいても、貴方は見たことがなかった」
「もし武芸に秀でてたら、お前と殺り合ってたかもしれないな」
「そうですか…」
「…戦場に戻りたい?」
「わかりません…」
静かに息をついたアロは、遠い目でどこかを見つめた。
「…ここにいる限り、どんな願いも夢も、意味のないものですから…」
「…もし、叶うなら?」
「…国に帰ります、家族の元に」
さらりと述べた空虚な声が、虚しい。
「そうか」
「…ワイン、飲みますか?」
「いや、いい」
「…」
「俺が不在の間、十分に気をつけろ」
「…何に?」
「できるだけ大人しく…西南の反王派はお前の国と長らく通じてただろう、触発された南国も乗じて反乱を起こすんじゃないかと警戒してる者もいる」
「…つまり、王の機嫌を損ねるなと」
「まぁそうだ」
「…いつものことです」
気色を消した化粧の顔が、つまらなそうな微笑みを作った。
「離れてたら守りきれないーーー」
「貴方は、優しいんですね…」
俯いたアロは、”素”の笑みを浮かべた。
目元を覆い隠す睫毛が儚い陰を作るたびに、やりきれないような気持ちと、もっと覗きたいという欲が募る。
気の緩みか、油断なのか。夜を共にするようになってから、彼は、どんな偽りもない素顔を少しずつ覗かせるようになっていた。
「気のせいだ…」
「…」
「今夜はたっぷり満足させてやろう」
「あぁ、ただの色狂いでしたね」
「そうだ、しばらくお前を弄(もてあそ)べないと思うと寂しい」
「私に執心し過ぎでは」
「お前は伸び伸びできるなーーー」
「冗談がきついですね」
「…すまない」
「……私も、寂しくなります」
大きく俯いたアロの腕を引き寄せると、彼は「寝所がいい」と呟いた。
ところが。
寝台の前で、アロがぽつりと「今日はしたくありません」と言った。
これまで、彼は行為を拒んだことはなく、俺のどんな身勝手にも喜んで応じていた。
「なんだ、熱くないのか」
「気が乗らない時もあります」
「じゃあ帰る」
「そうじゃなくてーーー」
「何?」
「…ただ、側にいることはできないのですか…?」
苛々とした上目が、いじらしかった。
「…できる」
肩を並べて寝台に寝転ぶと、アロはこちらに背を向けた。
腹に腕を回して抱き寄せた体は、いつものように熱い。
胸を弄(まさぐ)る手を拒んだ彼は、「このまま寝ます」と言った。
「化粧のままで?」
「…ええ」
「せめて夜着にーーー」
「いいんです」
「…風邪をひくぞ」
「布団を掛けてください」
「ああ…」
「…」
「長居はできない」と言っても、腕の中の彼は何も答えない。
そのまま互いにただ黙っていれば、アロは半刻もしないうちに寝息を立て始めた。
体を起こして覗いてみると、静かな寝顔が枕に埋もれている。
仰向けにして無防備な寝顔を見れば、下品な欲が頭をもたげた。
濡らした布で化粧を拭い落としてやると、かつての凛々しい戦士は影を潜めて、ただただ、穏やかで美麗な寝顔を晒すアロがいた。
「………」
紅を落としても鮮やかな唇に触れれば、胸が詰まるほど温かい。
息を潜めて口づけたそこは、欠けた男根のように柔らかく、すべすべしていた。
熱い体を抱いて目を閉じて、そのまま、眠りに落ちるのを待った。
明け方。
アロが腕から抜け出して、目が覚めた。
体を起こしたその背中は、遮光幕の漏れた陽が照らす腰つきが艶めかしい。
「……アロ」
腕を取ると、彼は「なんでしょう」と素っ気なく振り返った。
こんなにも夜を共にしながら、初めて陽の元で見る素顔は、胸が疼くほど麗しい。
「…」
抱き寄せた体に覆い被さると、「貴方は本当に」とまだ眠い目が睨めた。
「欲しくないのか」
陽光に晒した裸体は白く、柔らかく光り、生々しい肉のラインが目に沁みる。
掻き集めた胸の肉に頬ずりをして、「早く済ませてください」と俺を抱く生意気な声を聞いた。
柔い桃のような男根の痕を愛でてやり、熟れて赤く膨れていくそこを目に焼き付けた後で、卑猥な肉色の尿の管を啜り、舌が届く限りを味わった。
「あア、アアッ、きもちい、ですぅ…っ」
尿道とアヌスに埋め込む指で挟んだ腰の底を掻き揉んでやれば、熱い尿が吹き溢(こぼ)れ始める。
「あああっ、いやっ!もう!ああ…もう、アあっ、ぃああ…」
くねる腰を振り上げて、狂ったように喘いでは尿を迸らせる男が、愛おしい。
「あアっ、アアあ、もっ、アア、だめぇ、アッーーー」
焦点がぶれる目をうっとりと細めながら、恍惚に染められていく素顔(かお)を見ているだけで、俺は射精した。
力尽きた体の熱が冷めるまで、側にいた。
いつからか。「汚してすまない」と詫びなくなった頃から、彼も「ありがとうございました」と言わなくなっていた。
惚けたアロのまぶたが閉じかけて、眠りに落ちる間際。
「ぶじのおもどりを」と呟いた唇は、確かに笑っていた。
頬に触れて「ああ」と返した時には、彼は目を閉じていた。
しばらくの間。微かな寝息を気が済むまで聞いた後で、小さく開いたままの唇に口づけて、後ろ髪を引かれる想いに蓋をした。
ともだちにシェアしよう!

