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当初の予測は大きく外れ、首都に戻ることができたのはそれから1か月半が過ぎた頃だった。 南西の反乱勢力の制圧を目前にした宮廷は楽観的なムードが漂い、俺は王を始めとした各人に労われ、感謝されたが、先んだって帰都させていたガイは一人、浮かない顔をしていた。 聞かずとも、アロに何かが起きていることは明白だった。 帰着早々、後宮に向かいがてら報告を受ける胸の内は、募るばかりの彼恋しさとそれを上回る動揺で乱れた。 「その、常のようでは…ないのです」 「どういうことだ」 「…ご覧いただければーーー」 「何があった?」 「わかりません、私が帰ってきた時にはもう…」 「従者には?」 「聞きましたが、先々週、王の夜伽(よとぎ)があったということしかーーー」 「夜伽だって!?それから毎夜か!?」 「その一度きりだったようですが、異変はどうもその後かららしいと…」 信じがたい言葉に、跳ね上がった心臓が破裂しそうだった。 瞬時に"王に知られていたのだ"とわかり、苦い思いを噛み殺したが、嫌な汗は止まらない。 隠蔽の工作が功を奏さなかったのか、ガイは苦虫を噛み潰したような顔をしているが、ここを離れていればできることに限度はある。何はともあれ、王の行動は想定外であることはわかった。 しかし、先ほど王に謁見した際には不自然な挙動は何もなく、咎められるようなこともなかった。となると、少なくとも俺に関しては不問であり、だとすればアロばかりが責められたのか。当然、いつまでも隠し通せるとは思ってはいなかったが、あえて俺の居ぬ間に、アロに何をしたのかと考えるだけで眩暈がしそうだった。 後宮につくと、王がいないせいか、アロの姿は見えなかった。 しばらく妃達を訪ねて先々でご機嫌を伺い、女官達と駄弁りつつ厄介事の探りを入れても、俺とアロのことを知っているような素振りはない。 そのうち、庭で花を摘んでいたある女官が声を潜めた。 「…実は、アロ様を見たくないのです」 「見たくない?…何を?」 「ええ、その…王との、それを」 彼女に限らず、そもそも以前から女官や下女達の多くはアロを好ましく思っていなかったが、何につけても見て見ぬふりが常だった。それが、こうも嫌悪を露わにするのは只事ではない。 ちょうどその時。 「ああ、いやだ」と顔色を変えた女官が、「失礼します」と逃げるように去っていき、振り返ると、従者とアロを従えた王がこちらに来るのが見えた。 アロは見るからに青ざめていたが、俺に気づいた彼は、強張った顔を慌てて背けた。 跪(ひざまず)く俺とガイの前を通り過ぎた一行が噴水の広場につく頃には、俺達以外の者達は先程の女官のように立ち去っていた。 そして。 常のように四つん這いで王に尻を出したアロが、”ぞっとするほど歪んだ顔で、悲痛な嗚咽を漏らす”様を目の当たりにした俺は、息が止まった。 「………」 「殿下!」と呼ばれて我に返ると、視界を塞いだガイが、剣の柄にかけた俺の手を押さえていた。 「一度、退出しましょう」 静かに宥(なだ)められ、逃げるように背を向けた耳に、どれだけ離れても苦しい嗚咽がこびりついて反復している。 「どうして、あんな…」 以前のアロなら、どんな恥辱を受けようとも仮面は剥がれず、一切の感情を見せることなどなかった。しかし、本来”そうできていたことが異常”で、限界を迎えたのだとしか思えない。 「まずいですね」 憂鬱に呟くガイも、俺と同じ考えなのだろう。 このままでは、いつ、王の機嫌を大きく損ねてゴミのように打ち捨てられるのか、時間の問題に思えた。

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