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その夜、21時過ぎ。 カムデン・タウンのナイトクラブで遊んでいると、スマホに知らない番号から着信があった。クラブの外に出て「はい」と電話に出ると、『もしもし?こんばんは、テイラーです』と言う声を聞いただけで頭に血が上(のぼ)った。 名乗る気も起きず「あの写真何?」と聞いて、タバコを咥えた。返答次第では身の回りの物に手当たり次第蹴りを入れてしまいそうだった。 『何って…見ていただけたんですね』と聞こえた声音に、耳を疑う。 電話(スマホ)の向こうで、あの男が笑ったのがわかった。それは悪意ではなく、真逆の“純粋な喜び”の気配がして、やっぱり理解ができない僕はとりあえずタバコに火をつけた。 「…見た、あり得ない」 『あり得ない??』 「あぁ、ふざけてる」 『ふざけてなんかいません』 急にトーンが固く冷えて、男の笑みが消えたのがわかった。真剣にあれができるなら、狂ってるとしか思えない。 ニコチンを胸いっぱいに吸い、なんとか気を鎮めて続けた。 「あのネガを処分してくれ」 『無理です』と即答した声は、あの日、ロボットみたいに仕事をしていた男の、ムカつくほど事務的なそれだった。 「どうしてーーー」 『これは僕の物なので』 「雑誌社のだろーーー」 『デジタルの方はそうですが、フィルムは僕の物です』 「どういうこと…?」 『そういう契約なので、処分なんてしません』 「俺には肖像権があるーーー」 『貴方の撮影許可は貴方がこの企画に合意した時点でいただきましたし、残りの写真はどこにも公表していない、だから肖像権は侵害していません』 淡々と話す男にウンザリした。こいつは廃棄しやしない、それだけはわかった。 「とにかく俺が不快だ、ネガを処分してくれ!」 『無理です、ネガの一部、紙面で使う写真(もの)の権利はFAMEにありますから、勝手に処分できません』 男のさも当たり前みたいな語り口を聞くほど、ぶちのめしてやりたくなった。 「っざけんな…お前の望みはなんだよ!?どういうつもりであんなもん送ってきた!?」 『………』 しばらく黙った男が、ふ、と笑ったような気がした。 『もし…一つ頼みを聞いてくれるなら、あのネガを処分しましょう、焼いた残りの写真も』 そうおもむろに呟いた男は、ネガに執着があるのかないのかまるで読めない。 「雑誌社の都合で処分できないって言っただろーーー」 『FAMEから買い取ればいい』 「………」 『どうですか?』 「脅迫だ」 『まさか、そんなつもりはありませんーーー』 「信用できないーーー」 『処分は貴方にお任せすると言っても…?』 「……俺に?」 『貴方の手で燃やすなりシュレッダーにかけるなり、好きにしていいですよ』 「………」 男の意図は全くわからないが、僕の手で処分できるなら願ってもなかった。 「……で、頼みって?」 『…話すことはたくさんあるようですから、まずは一度会って話しませんか?』 探りながらも、NOとは言わせない低い声が不快だった。 「ない、まっぴらだーーー」 『ネガ、いいんですか…?』 「……わかった、すぐに雑誌社から買い取れ」 『明日します』 「…」 『それでは…後日、日時を連絡します』 「…」 『よろしくお願いします』を聞き終える前に、通話をOFFにした。 ネガを葬る目途がついて少しは腹の虫がおさまったものの、依然あの男に主導権を握られている事実がムカついて仕方ない。 新しいタバコに火をつけようとした時、そのライターが彼にもらった物だと思い出して、そのまま放り捨てた。 あの優男の白い顔を思い出しながら、会ったら秒で殴ってしまうかもしれないと思った。

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