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外に出た僕とテイラーは、日が暮れて間もない住宅街をぶらぶら歩いた。
川(テムズ)とは逆に500mほど行った大通りに出る手前、角のパブの2軒手前にあるステーキ屋は、レストランというよりダイナーの趣だった。
こじんまりとした店の客の入りは半分ほどで、慣れたように窓際のテーブルに着いたテイラーは「どれも美味しいですよ」と自信たっぷりにメニューをくれた。
僕はフィレとガーリックシュリンプを、彼はサーロインにラムチョップを添えて、ろくに話もしないでガツガツ食べた。
素直に「ホテルのレストランみたいに美味い」と褒めると、自分のことみたいに喜ぶテイラーの方がでかい犬じゃんと思ったが黙っていた。
肉を食べ終えてワインを飲んでいると、テイラーが「見てください」と1枚の写真を取り出した。
昨日の僕だと察してぎょっとしたが、それはグラスを片手に雑誌に目を通す僕のウエストショットで、ポルノの類じゃなかった。
「…これ、何?」
「何って、昨日の貴方ですけどーーー」
「で?」
「一番いい写真です」
昨日はそんな瞬間は少しだってなかったと記憶しているが、写真の僕はとてもリラックスしていて、やっぱり僕はこんな表情(かお)の僕を知らなかった。
「…これが?」
「ええ、吊られてるのも最高ですがーーー」
「声がでかい」
「…」
「全部の中で、これが一番?」
「見た通り、どうですか?」
「……いい、かもーーー」
「でしょう、写真集は出します」
嬉しそうに写真をしまったテイラーは、「スペアリブとプルドポークも美味しいんですけど、食べます?」と僕を覗いた。
「もう腹いっぱい」と答えると、残念がった彼はスペアリブを持ち帰りでオーダーした。
そして、もう1杯ずつワインを飲んでから店を出た。
テイラーの部屋に戻るまでの短い道のりを、少し酔いが回った僕と彼は、行きよりものんびり歩いた。
元来下町のこの辺りは店舗貸しが少ないフラットが連なるエリアで、夜になれば暗く、人通りも少ない。あと数日でサマータイムが終わる10月の下旬、薄い霧が舞う大気には、確かに秋の気配がしていた。
「寒くないですか」と聞いたテイラーに、僕は思わず吹き出した。
「全然ヘーキだけど」
まだ寒さを心配するような時期ではないし、薄手だけどジャケットは羽織っている。
「…お前、すごい過保護じゃない?」
「貴方が大切なだけですよ」
「………せっかく笑ったのに写真撮り逃したな」
「夜はいいです、フラッシュ焚きたいわけじゃないですし」
「そういう時にスマホだろ」
「そうですね」と返事をしながら、テイラーはブルゾンのポケットに手を突っ込んだままだ。
「…このへん、治安へーきなの?」
「バトラーズ・ワーフの開発後は随分よくなったようで、危ない目に遭ったことはないですよ」
「そーなんだ」
「心配ですか?」
「別に、少し暗いからーーー」
「手を繋ぎますか?」とポケットから出た手がこっちに伸びた。
「意味わかんない」
スルーした手は、僕のジャケットの袖を掴んだ。
「僕は犬じゃない」
「そうですね」
「……昨日の写真、あれだけ?」
「今日は現像して、焼いたのはあと2枚ほどです、結構時間がかかるんですよ…その前に仕事ちゃんとしてましたし」
「…ポルノ写真は見せんな」
「興味ありませんか?」
「ケツの穴なんか見たくない!」
「そうですか…僕だけのお楽しみにします」
「………」
「とても素敵でしたよ」
「…ヘンタイ」
「知ってますか?ポルノのような写真は、写真屋では現像してくれないんです」
「それは知らなかった」
「僕はできますがーーー」
「そのために自分のスタジオ作った?」
「違いますよ!断じて」
「へー」
「信じてませんね」
「そらそう」
テイラーのフラットの前に着くと、彼が「帰らないんですか?」と僕を覗いた。
スマホを見ると21時。明日は昼前から取材が入っている。
「…まだ、いい」
「スペアリブもありますからね」
「腹いっぱいんなったばっかだ」
ニコリとビニール袋を掲げたテイラーについてリフト(エレベーター)に乗ったのは、帰る必要を感じなかったからだ。
* *
適当にTVをつけて、ソファで酒を飲んでいた。
ネトフリで観たいドラマをつけたのに、側に掛けたテイラーがあれこれと過去の作品を並べたアルバムを見せては解説をするから、ドラマの内容はちっとも頭に入らなかった。
タバコに火をつけたテイラーにつられてタバコを咥えると、彼が咥えたタバコをこちらに「はい」と突き出して、吹き出してしまった。
「なんだよ」
「シガーキスです」
「そういうの好きなの?」
「やってみたくて」
真顔の男のタバコから、火をもらった。
「……僕は相手が吸ってるのを横取りして吸うのが好き」
「それもいいですねーーー」
「すんなよ?」
「…この写真見てください、この女優の態度は最悪でした、世の中の全てを見下しててーーー」
「そういうこと言うなよ……でもびっくりするほどよく撮れてる」
「ええ、僕はプロなんで」
「…僕より態度悪いヤツいるんだ」
「それはもう」
「これからも心置きなく不機嫌でいられる」
いつの間にかカメラを構えてた彼が、「はい」とシャッターを切った。
「…そういえば、お前さ」
「はい」
「なんで、フィルムで撮んの?こだわり?」
「いえ、小さい頃からおもちゃ代わりでした、両親がふたりともカメラ好きで、当たり前にそこにあった」
「へぇ…」
「こだわりというより自分の一部ですね、フィルムカメラのほうが自分にとって自然なんです」
「……お前が撮る僕は、確かに“いい”」
「…?」
「なんていうか、“好き”がわかる、溢れてるーーー」
「愛です」
「…自分で言う?」
「はい」
「見る人が見たらわかる、お前のフツーじゃない愛着をーーー」
「何か問題ですか?」
「………わからない」
タバコを消して顔を上げると、テイラーが僕を覗いていた。
「…テイラー」
初めて名前で呼んでみると、思っていた以上に照れくさくてこそばゆかった。
「はい」
「僕は正直、戸惑ってる」
「…」
「お前が心地いいからって…ずるずるいっていいのかって…」
「…」
「このまま、全然知らない自分になっちゃうんじゃないかって…」
「お茶でも淹れましょうか」とタバコを消した男は、ただ微笑(わら)っている。
「…いい」
「…知らなかっただけ……じゃ、だめでしょうか?」
僕を見つめる瞳は、初めて会った時と同じ。少年みたいにキラキラとした、純粋な情熱を宿す瞳だ。
今はそれが、狂気だとわかっていても、彼に飲まれてしまう快感には抗えない。
そして、たぶん。こんなことは、話したって意味がない。
「…わからない…」
だから。
僕とテイラーは、互いの頭を引っ掴んで口を貪り合った。
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