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数日後、FAMEの見本誌が送られてきた。
表紙に使われた写真は、今となっては驚くこともない、フィルムで撮った僕のバストショットで、テイラーの会心の一枚であることは間違いない。
クレアが「間違いなく、あなたと言えばこの表紙になるわ」としみじみ唸ったが、当然だ。
それは、僕の表情(かお)を知り尽くした男が撮っているのだから。
言うまでもなく、特集紙面の写真も、デジタルもフィルムも全て、素晴らしくよかった。
不満があるとすれば、写真がよすぎて僕のインタビュー内容が二の次になりそうなことだ。
* *
翌週の、ある朝。
カシャッという音で目が覚めた。
いつの間にか、耳障りなこの音もすっかり聞き慣れてしまっている。
「…うるせぇ」
ざっとカーテンが開けられて、ムカついて枕に突っ伏した。
昨日はたまたまこの近くで仕事があり、家に帰るのが面倒でテイラーの部屋を宿替わりにした。
ファックはしたが、この男と居るなら別に特別なことじゃない。
「見てください、ウィルさん」とベッドに飛び乗ったテイラーが、うるさく肩を揺すった。
「馴れ馴れしいな、“ウィルさん”てなんだ!??」
顔を上げると、「おはようございます」とニコニコした彼は僕が表紙のFAMEを持っていた。
そういえば。今日は、確か発売日だった。
「なんだよ???」
「買ってきました」
「朝っぱらから??」
「はい」
「早起きすぎんだろ…」
「貴方が朝に弱すぎるだけです」
「…お前んとこにも見本誌来てたろーーー」
「そうですがちゃんと買いますよ、予備と保存用が必要ですしーーー」
「あと20分寝かせてーーー」
「それに、僕達の共同作業が結実した初めての媒体ですから…」
「お前が好きに撮ってただけ」
「好きにじゃないです、ちゃんとクライアントの要望に沿ったものですーーー」
「うるさい」
「……改めて素晴らしいですね、ジェンダーレスを超えた貴方ーーー」
「どーも」
「これを形に残せたことを誇りに思います」
「大げさ」
「…でも不思議ですね、女性っぽい装いをした方がよっぽど男の色気が強調されて…」
「何言ってるかわからないーーー」
「とてもエロティックですーーー」
「お前がそう撮ったんだろ!???」
「特集のページ、ちゃんと見ました?」
「見たよ」
「どうでしたか?」
「褒めたくない、図に乗るから」
「ありがとうございます」
「僕もお前の仕事も最高」
「わかってます、そろそろ起きませんか?バービカンのスタジオ入りは昼前でしょう?」
「………」
起き上がると、ガウンを羽織らせてくれたテイラーが「COSTAのクッキー&クリーム・ブラウニーがありますよ」と腕を引っ張った。
「好きなやつ…」
しぶしぶダイニングについていくと、朝食の用意がほとんどできていた。
僕の目覚ましの一杯、少し濃いめのアメリカンを淹れたマグカップは新調したのか、見覚えがない。浴室には種類の違うシャンプーとコンディショナーが2つ、石鹸が3つ用意されていたし、洗面所には下ろしたての歯ブラシとメンズの化粧品が並べてあったし、このガウンは前と同じ黒のシルクでもちゃんと新品で、どれも僕のために用意したものだろう。
ブレックファストの皿には、僕の好きなサーモンとマッシュルームが他の倍、盛ってある。目玉焼きを添えたトースト2枚は僕の朝のお約束で、今日はダッチー(ウェイトローズのバター)が並んでいるのは、これが好きだと前に言ったからだろう。
灰皿の側のタバコを取ると未開封の新品で、買ってきてくれたらしい。昨夜のうちに僕のタバコは切れてしまったから、仕方なくテイラーのを吸っていた。
ついでに、タバコの側には僕が常用してるビタミン剤が置いてある。昨夜、少しだけそんな話をしたばかりだが、雑誌とタバコのついでに調達してきたんだろう。
「早く食べてください」と向かいに掛けたテイラーは、スクランブルエッグを食べ始めた。彼はまず最初に、ケチャップをたっぷり振ったエッグを食べる。
ふと、自分のフラットで一人で過ごす朝や夜を思い出して、違和感を覚えた。まるで異世界のことのようで、“現実味がない”。
「…僕のタバコ」
「…?」
「ありがと」
「…どうしたんですか?朝からーーー」
「感謝を伝えてる」
「らしくないですね…」
驚いて新聞から顔を上げた彼がムカついた。
「…アレック、お前は俺のことなんにもわかってなーーー」
「今名前で呼びましたか!??」
「テイラー、僕はこれでもお前がスキなわけ」
「よく知ってます、名前でお願いします」
「ダッチーも嬉しい、ありがと」
「名前呼んでください」
「……アレック」
「はい」
「…僕の部屋、作ってよ」
「もちろんです」と笑ったテイラーは、シャッターを切った。
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