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第一章 はじめての恋と効かないフェロモン4

***  学校から急いで家に帰って自室に飛び込み、ベッドに勢いよく寝転がる。頭の中は未だに、図書室の出来事でいっぱいだった。天井を見つめながら深呼吸しても、心臓がドクドクうるさいだけじゃなく、苦しさまで感じる始末。 (悠真の笑顔、ヤバかったな……綺麗な瞳が細まる瞬間、胸がぎゅっと締めつけられるみたいになって、息ができなくなった)  思い出すだけで顔が熱くなったのがわかり、慌てて枕に顔を埋める。でも次の瞬間には悠真の「図書室暑いかな?」という天然な声が蘇ってきて、あがっていたテンションがだだ下がりし、大きなため息とともに上半身を起こした。  あのときの俺は、悠真の笑顔を見てムダに興奮し、その結果アルファのフェロモンがダダ漏れした。あの量で平気な態度を貫けるって、どういうことなんだろうか?  オメガなら絶対に反応する。ベタの長谷川先生だって僅かなフェロモンを感知したのに、悠真はまるで空気みたいにスルーしてた。  正直なところ、なにもないよっていう態度を悠真にとられると、俺の中にあるアルファとしての自信が、崩れ去っていくような気がしてならない。 (俺のフェロモンが効かないヤツなんて、いるわけねぇ……って、でも悠真はベタなんだよな。ベタはベタ同士で、か)  長谷川先生の言葉が頭をよぎって、ちょっとだけ胸がチクッとした。いいオメガを見つけて仲良くしろって言うけど、俺が惹かれたのはオメガじゃなくて、ベタの悠真なんだ。 「あの笑顔を見た瞬間に、悠真が運命の|番《つがい》だって確信した。それなのにフェロモンが効かないとか、そんなの関係ねぇだろ……いや、関係あるのか!?」  ひとりごとをまじえて、自問自答を繰り返しても答えが出ず、頭を抱えてベッドの上にゴロゴロ転がる。  アルファとして生まれてから、フェロモンで人を惹きつけるなんて当たり前だった。それなのにはじめて「欲しい」と思った相手にアルファのフェロモンが通じないなんて、悔しいクセにどこかワクワクしてる微妙な心情もあって、自分でもわけがわからない。 「落ち着け俺。こういうときは、シンプルに考えるのが一番なんだ」  ベッドにきちんと横たわり、目をつぶって考える。  悠真にスルーされた俺のフェロモン。いつもはちょっと漏らしただけで周りが騒ぐから、無意識に控えめにしていたのが、今回アダになった可能性があるのかもしれない。だから鈍いベタの悠真には、もっとバチバチに当てなきゃいけないのだろう。  もっともらしいことを閃き、唇に笑みがこぼれる。  アルファのフェロモン全開で、悠真に俺を意識させる作戦。量が足りなかったんだって思えば、なんか納得できる気がしてきた。 「とりあえず、はじめることは――」  知り合ったばかりの俺を意識してもらうべく、悠真にバスケの練習を見てもらうのもいいな。悠真の好きなものを聞いて共通の話題を作ったり、甘いものが好きなら一緒に食ってやろうじゃないか。そこにうまいこと絡めて、フェロモンをぶち込んでやるんだ。  友達からはじめて、俺のことをちゃんと見させる。運命の|番《つがい》は、絶対俺が掴むぜ!  枕を潰す勢いで抱きしめつつ、自身に気合いを入れて、さらに詳しい作戦を立てながら目を閉じる。ちゃんと作戦を立てなきゃいけないのに、俺を見つめて嬉しそうにほほ笑んだ悠真の顔が、どうしても頭から離れなかった。 「あ~もう! 作戦を考えるよりも悠真の笑顔のことばっか浮かんでたら、ダメだろ俺……」  いつまで経っても、悠真の柔らかい笑みが頭の中にチラついてるせいで、作戦が怪しいものになったのは言うまでもない。

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