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第二章 恋の誤爆と効かないフェロモン1

 悠真を運命の|番《つがい》と意識した次の日、作戦を立てることに必死になりすぎて寝不足だったというのに、朝になるとバッチリ目が覚めた。作戦決行の日ということで気合を入れながら、ベッドから跳ね起きる。頭の中は相変わらず悠真の笑顔がいっぱいで、心臓がうるさいくらいに高鳴った。 (心がぐらついて、なにもできなかった昨日とは違う、今日から本気だ。悠真に俺を意識させてやるからな!)  学校に着くなり、2年B組の教室を目指して一気に階段を駆け上がる。そして俺の席の目の前にいる悠真が登校しているか、教室の扉を開け放った瞬間に探した。 「あ……もう来てる」  あたたかい日の光を浴びることのできる窓際の席で、文庫本を読んでる悠真を見つけて、胸がドキドキしてしまった。大好きな悠真の姿を見ただけで、一瞬フェロモンが出そうになり慌てて抑え込む。  まずは友達としてさりげなく近づいて、フェロモンをバチバチ当ててやらないと。運命の|番《つがい》の心を掴む、第一歩になるのだから。 「おっ、おはよう悠真!」  俺が来たことをアピールするために、あえてデカい声で言い放ち、アルファの勝負顔をここぞとばかりに見せつけた。俺の挨拶に反応して、悠真が読んでいた本からゆっくりと顔を上げる。 「ん、おはよう陽太」  穏やかで優しい声が俺の耳に届くと同時に、細まった瞳が俺を撃ち抜いた。一晩中頭に浮かんだ悠真の笑顔を目の当たりにして、めまいを起こしそうになったけれど、しっかり気合いを入れ直す。 (よし、このタイミングでフェロモン全開。悠真の心を、俺にロックオンさせてやるからな!)  意識して、アルファのフェロモンをバチバチ放った。いつもならこれで周りがザワつくはずなのに、悠真は本を持ったまま少しだけ首を傾げて、俺を見上げる。 「陽太ってば、朝からすごーく元気だね。いいことでもあったのかい?」 (えっ、待て。俺が出した全開のフェロモンを感じてねぇのか!?)  昨日と同じように、マイペースを貫いて笑うだけの悠真。その瞳には俺の気合いはおろか、フェロモンも映っていない感じが嫌でも伝わってくる。わかるのは陽太っていつも楽しそうだなって思ってるような、穏やかさのみで――。  まったく状況が変わらないことに意表を突かれて、唖然とする俺の傍にオメガのクラスメイトがわらわら集まってきた。 「なんか、陽太からいい匂いがする……」 「西野、香水でもつけた?」  集まってきたのはオメガだけじゃなく、ベタのクラスメイトまで鼻をスンスンしはじめて、 「西野委員長、今日やばいね!」 「陽太の匂いで、頭がクラクラするんだけど」  なんて誰かが興奮気味に喋ると、後ろの席にいるヤツが呆れた声をあげる。 「陽太が出したフェロモンのせいで、隣のクラスまで反応するかもしれないから、窓を開けて換気しろ」  俺が作戦を決行したせいで、教室が一瞬でカオスな状況に陥ってしまった。全部の窓が開け放たれ、手持ち無沙汰のクラスメイトは下敷きを使って空気を動かす。 (ちょっ、待て待て待て!  おまえらじゃねぇよ。 ターゲットは悠真なのに!)  夢にまで見た、俺のフェロモンに反応した悠真とのラブラブシーンじゃなく、眼中にまったくないクラスメイトに囲まれた現実に、頭を抱えてその場で蹲りたくなった。  しかもその間、悠真は騒ぎの中心にいる俺をチラッと見て、 「さすがはクラス委員長の陽太。本当に人気者だね」  まるで朝の天気を褒めるみたいなトーンで、俺に笑いかける。窓が一斉に開けられた教室に風が入ってきて、アルファのフェロモンが隅々まで拡散されても、悠真はまったく反応せず、なにかおもしろいページを見つけたみたいに、目を細めるだけだった。 (おまえ、なんでこんなにマイペースを貫けるんだよ⁉ このカオスな状況を見ても、反応がそれだけなんて悲しすぎる。それともなにか隠してるのか?)  かくて綿密に立てた作戦が、初っ端から盛大にズッコケてしまったリアルを、認めざるを得なくて――。 「はいはいはーい、B組の諸君おはようございます! 朝から元気すぎて、フェロモン垂れ流しちゃってごめんよ~」  フェロモンの残り香が教室を漂う中、作り笑いでクラスメイトに接しながら、心の中ではさめざめと泣き崩れてしまった俺。だけど、このままじゃ終われねぇ。運命の|番《つがい》を掴むって、昨日決心したのだから。 「あははっ、朝からちょっと盛り上がりすぎてしまった。ホントに悪かったな!」  俺の周りに集まるクラスメイトに、委員長らしく謝罪する。それなのに、まだフェロモンの効果が効いているのか、 「陽太、遠慮せずにもっと出してよ!」  なぁんてオメガのクラスメイトが言うと、対抗するようにベタのクラスメイトも、 「委員長のサービス精神、朝からやばいな! さすがだぜ‼」  すかさず乗っかってきて、教室がまたザワザワしはじめた。 (いやいや、おまえらいい加減に落ち着けって! 俺のターゲットは――)  人の隙間から悠真を見ると、自分の席で本を持ったまま、ほほ笑みを浮かべて騒ぎを眺めていた。 「陽太って、失敗しても元気だね。本当にすごいな」  相も変わらず、フェロモンにやられている感じをまったく見せずに、のん気に呟く。 「失敗って……」  悠真が、アルファのフェロモンに気づかないからだろ! なぁんて心の中でひとりツッコミしたものの、目の前で見せつけられる悠真の穏やかな笑顔が、なんかズルいくらいにかわいすぎて、必死にフェロモンが出ないように我慢した。  無理やり我慢したことによって、頭の中に違う作戦がふと|閃《ひらめ》く。 「俺は失敗なんかに負けない男だからよ! なあ悠真、昼休みにでも一緒に購買のパン食わねぇ? いろんな話がしたいしさ」  俺を囲っているクラスメイトじゃなく、悠真にだけ声をかけた。それが不思議だったのだろう。 「陽太優しい!」「委員長らしいな!」って勝手に盛り上がる中、悠真は少し考えながら小首を傾げた。 「うん、いいよ。俺も購買のパン食べてみたいし、陽太と話がしてみたいしね」  昼休みの約束を取りつけたことに歓喜し、心の中で大声で叫ぶ。 (失敗しても絶対に諦めない。悠真は俺の運命の|番《つがい》なんだから!)  拒否ることなく、あっさりOKをもらえたことに興奮してしまい、ちょびっとだけフェロモンが出たことにより、教室がふたたびカオス状態になった。 「陽太ってば、まぁたフェロモンを垂れ流してる!」  などなどクラスメイトからツッコミを入れられながら、内心ガッツポーズを決める。教室のカオスが収まる頃には、昼休みの約束が俺の心をあたたかくしたのだった。

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