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第五章 恋の鼓動と開く心3

*** (よく知らない相手とふたりきりはやっぱり怖いから、図書室の扉は開け放っておこう)  榎本くんを先に図書室に入れて、扉を開けたままカウンターの傍にあるテーブル席に誘った。 この間、陽太と一緒に座ったカーペットに日の光が入って明るく照らしているけれど、誰もいないそこは寂しそうな雰囲気が漂っている。 「どうぞ、そこの椅子に座ってください」 「あ、はい。実は図書室来るの、はじめてなんです」 「そうだったんですね」 「やっぱ本がたくさんあると、独特の雰囲気と匂いがするなぁ」  榎本くんは言いながら、首を動かしてキョロキョロ辺りを見回した。 「図書委員としては本を借りなくてもいいから、榎本くんにもっと来て欲しいかなって思います」  強制しない和やかな口調でお願いしたら、後頭部を掻きながら苦笑いを浮かべる。 「涼にももっと勉強するように注意されてるし、なるべくここに来るようにします」 「それで、俺に聞きたいことってなにかな?」  大柄な体を丸めて小さくし、落ち着きない感じで両手を意味なく動かす榎本くんに、くだけた口調で問いかけた。 「えっと西野委員長と涼って、委員繋がり以外の関係はないかなって」 (俺が彼らを見るのはクラス限定。それ以外の場所で逢ってるのを見たことがないな) 「確かに俺が見る限り、仲が良さそうに見えるけど、それは友人というかライバルというか。ふたりともアルファだし、オメガみたいな深い仲じゃないと思うけどな」 「それでも……相手がどんなバース性だろうが、好きになったら関係なくね?」  そう言われても恋をしたことがない俺に、答えられない質問は困ってしまう。 「榎本くん悪い。俺、恋愛とかそういう類のものがわからないんだ」 「それって、誰かを好きになったらことがない?」 「うん。恋愛感情で、人を好きになったことはないね」  自分の両親や陽太のご両親の仲が良さそうなところを見ていいなとは思えど、ただそれだけ。誰かと恋仲になってまで、深く関わりたいとは思わなかった。 「それって西野委員長に対しても、好意を抱かないってことなのか?」 「陽太? 彼はクラスの委員長で、仲のいい友人だけどね」  サラッと答えた瞬間、榎本くんは両目を強く閉じて苦悶する表情になり、金髪をガシガシ掻きむしった。 「榎本くん、佐伯と陽太の仲を、君は怪しんでいたんじゃないのかい?」 「そうなんだけども! あ~実際聞いちまうと、人のことなのに胸が苦しい」 「人のことって、いったい誰のこと?」  首を傾げて問いかけた俺に、榎本くんは掻きむしってボサボサになった髪の毛をそのままに、ハッとした面持ちで俺を見る。 「榎本くん?」 「月岡ごめん。俺ってば自分のことでいっぱいいっぱいなのに、変なこと言った。今すぐ忘れて」 「う、うん?」 「涼が西野委員長と仲良く喋っていてさ、楽しそうに笑ってるだけで、モヤモヤするのが俺だけなのが、すっげー腹立つんだよ」  片手で自分の拳を何度も受け止め、バシバシ音を立てる様子に、彼の中にある不満が見てとれた。 「あのね、俺が榎本くんと図書室にふたりきりでいることを知ったら、佐伯は不機嫌になるんじゃないかな」 「実際に言っても、鼻で笑うだけだと思う。だからどうした的な」  唇を尖らせてほかにも文句を言う榎本くんに、わかりやすいように説明する。 「佐伯は、ポーカーフェイスがうまいからね。そこで苛立ったりしたら、せっかく榎本くんと一緒にいるのに、雰囲気が悪くなるじゃないか」  ふたりが並んでいるところを想像しながら語ってみたら、榎本くんは目を大きく見開き、何度も瞳を瞬かせた。 「それにふたりは別々のクラスなんだから、すこしでも仲良くしていたいと思うのは、恋人として当然なんじゃないかな」  当たり前のことを口にしたら、目の前にいる榎本くんが、瞳を潤ませて体をぶるぶる震わせた。 「俺、そんな、の……全然考えたことなかった。俺ばっかりヤキモチ妬いて、バカみたいって」 「佐伯ももう少しだけ、榎本くんに好きだよって気持ちの意思表示をしたらいいのにね」  俺はポケットに入ってるティッシュを取り出し、榎本くんの目の前に置いてあげた。迷うことなく彼はそれを手にし、思いっきり鼻をかむ。 「ううっ……実は今朝のハプニング、廊下でその意思表示をしてもらったんだ」 「そうなんだ、良かったね」 「でもそのせいで、昼休み一緒に過ごせなかった!」  嬉しいことと悲しいことが、同時に起きてしまったのか。すごーくかわいそうだな。 「それはご愁傷さまというか」 「月岡、たまにでいいから、俺の愚痴を聞いてほしいんだけどさ」 「お、俺が?」  困惑する俺の片手を掴んだ榎本くんは、潤ませた瞳で俺をじっと見つめ、泣き出しそうな声で頼む。 「月岡が俺の話をしっかり聞いてくれるの、すっげぇ嬉しいし、かけてくれる言葉が優しすぎて癒されまくりなんだよ」 (これ、断ったらきっと泣いちゃうかもしれないな……) 「たまになら、いいよ」 「ティッシュありがと。なにかあったら声かける!」  最後は笑顔で言い放ち、慌ただしく図書室を出て行く榎本くんに、「がんばって」と声をかけた。恋する気持ちは相変わらずわからなかったけれど、応援したくなる気持ちが胸に芽生えたのだった。

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