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第五章 恋の鼓動と開く心31

***  札幌といえば時計台! ということでまずは1班の皆で、そこに向かったのだが――。 「考えることは、みんな一緒だってことだね」  苦笑いを浮かべた悠真が俺に振り返って告げた言葉に、同じようにしけた笑いを頬に滲ませる。  時計台の周りには観光客や、小学生から高校生を含んだほかの学校の修学旅行生が入り混じり、写真を撮る場所がない状況だった。 (ぱっと見、高槻の制服がないところを見ると、ここには来ていないらしいな……)  手早く周囲を見渡し、注意を怠らないようにする。今日は高槻学園のヤツらも札幌入りすることを、佐伯から情報を得ていた。 「西野、それでもなんとかして写真を撮って、ここに来た証を残さないと発表ができないぞ」 「わかってる……あの、すみません! 時計台がこんな感じで見えるように、俺たちをこれで撮ってくれませんか?」  観光客と思しき妙齢の女性に声をかけたら、二つ返事でOKしてくれて、俺が指定した写真を綺麗に撮影してくれた。お礼に女性のご主人とのツーショットを、スマホで写してあげる。 「陽太はすごいね。俺は人見知りだから、そうやって知らない人に声をかけられないな」 「よっ、青陵高校イチのアルファの色男。ここでも誰彼構わずに魅了するってか?」  悠真の言葉に乗っかった班員が、俺に茶々を入れる。 「俺は誰彼構わずに、そんなことをしてるつもりはないって」 「だよなー。心に決めているのは、ただひとりだし!」 「そうそう、陽太がんばれよ」 (まったく。ヒートアップしてギャーギャー騒ぎ出す前に、班長としてこの場をなんとかしつつ、次の行動に移してやらないと!) 「みんな、陽太にプレッシャーを与えないようにしてくれるかな。こう見えて彼は、結構繊細なんだよ」  班長として班員の言動を抑えようとした矢先に、悠真が先手を打った。しかも、俺のことを繊細って――。 「あーあ。月岡にそれを言われたら、誰もなにも言えないじゃん」 「西野を班長として、崇め奉るしかないかもね」 「そうしてあげて。そしたら陽太はムダに張り切って、きっとおもしろいドジをかますだろうから」  クスクス笑った悠真に、ほかの班員も同調して笑いだし、雰囲気がすごくよくなった。昨日よりも、悠真と班員の仲良し度があがってる気がする。 「ドジはしねぇよ。悠真が俺の代わりになんとかしてくれたのにあやかって、楽しく語り合いながら、地下鉄に向かうぞ。午前中に札幌オリンピックミュージアムに行って、発表するものを厳選しなきゃだからな」  こうして一致団結した俺たち1班は、午前中の予定をサクサクこなして、ふたたび札幌市内に戻り、お昼を食べた後はそれぞれ自由行動を楽しむ予定で、散り散りになったのだった。 ***  昼食後のデザートと称して、某有名店でソフトクリームを購入し、近くの公園のベンチで悠真と一緒に並んで食べる。ちょっぴりデート気分! 「ねぇ陽太。北海道は、本州の空気とやっぱり違うね。すごーく過ごしやすい」 「ほんとそれ! 湿度がないだけで、多少暑くても耐えられるよな」  6月の日本で、住んでいる地域によってかなり変わる気候の違いに、俺たちは笑顔で語り合った。 「自由行動とはいえ、個人で発表するネタも一緒に探さなきゃいけないのは、ちょっと大変だよね」 「事前にどこをまわるか調べているけど、偶然おもしろいネタを発掘できたら、それはそれでラッキーじゃないか?」 「陽太って、本当にポジティブだよね。あ、あそこに榎本くんがいる!」  ソフトクリーム片手に悠真が榎本を発見し、空いた手で指を差す。俺は一気にソフトクリームをバクバク平らげ、ベンチから腰をあげた。 「行きの飛行機で作った音源、榎本に渡してくる。ちょっとだけ待っててくれ」 「スマホで作ってたヤツだね。榎本くんにプレゼントするんだ」 「そ! なんてったって、悠真と手繋ぎでライバルを撃退っていう作戦を考えてくれた、名誉ある功績を称えなきゃさ。おーい榎本!」  大きな声をかけながら、大通りに向かってダッシュ。C組の班員と一緒に行動していた榎本が、その場に立ち止まった。 「あれ、西野委員長。いきなりどうしたんですか?」 「ちょっとだけ時間とれるか? 渡したいものがあってさ」 「いいっすよ。ごめん、赤レンガ倉庫の前で待ち合わせってことでお願い!」  C組の班員が俺のことを意味深な目で見つめる中、榎本はすぐ傍にあるわかりやすい目印の場所を待ち合わせに指定し、先に行ってもらう言葉を告げた。 (う~ん。悠真と付き合ってるって、C組のヤツらに爆弾発言したのに、未だに佐伯とオメガの共有をしている噂話が払拭していない気がするな) 「西野委員長、渡したいものってなんですか?」 「ああ、待たせて悪い。スマホある? めっちゃ貴重な音源が手に入ったからさ。ライバル撃退のアイデアをくれた榎本に、ぜひともプレゼントしたくて」  スマホの機能を使って、無事に佐伯の告白入り音源を榎本にプレゼントすることができた。 「どれどれ。西野委員長がわざわざ用意してくれたものってことは、涼がなにかいいことを言ったってことかな」  思いっきりニヤけた榎本が、スマホを再生させた。数秒後に、まずは俺の声が流れる。 『それは佐伯もだろ。俺と喋ってるだけで榎本のヤツ、悲しそうに涙目になっててさ』 『アイツとは、|番《つがい》になってるから大丈夫だ』 『それでも佐伯が榎本を捨てたら、簡単に解消できるものだろ。だから榎本は、不安になってるんだって』 『たとえ虎太郎が犯罪者になったとしても、俺は捨てる気はない。突然変異で、アルファになったとしてもだ』 「んぎゃっ!」  榎本が突然、変な声を出して顔を真っ赤にした。 「な? めっちゃレアものだろう」 「レアなんてものじゃないですって。ずっと聞いていたい。んもぅ涼ってば、本当に俺のことが好きなんだから」  大柄な体をくねくねさせてスマホを抱きしめる姿に、ちょっとだけ引いてしまった。 「榎本に喜んでもらえて、本当によかった……」  唇を引きつらせて感想を告げると、真っ赤だった榎本の顔がなぜか青ざめたものに変わり――。 「ぎょえーっ!」  聞いたことのない、ビックリするような変な声をあげやがった。 「ちょ、いきなりなんだよ」 「あああぁ、あれは! あの制服はもしや……」  榎本が慌てふためきながら指を差した先には、ベンチに座っている五十嵐と立ち上がってなにかを話す悠真の姿があった。 「クソっ、このタイミングで現れるとは誤算だった!」 「西野委員長、涼に連絡しておくよ。ここに来てもらったほうがいいだろ?」  俺が駆け出しかけた刹那、榎本が気の利いたことを言ってくれた。 「ああ、頼む! 大至急でお願いっ!」  体育祭では遠くにいるアイツを見つけただけで、具合が悪くなった悠真。今はどんな心情だろうか。 (――早く駆けつけてやって、俺が助けてやらないとな!)

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