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第五章 恋の鼓動と開く心33
「悠くんとふたりきりで喋っていたいのに、やっぱり邪魔が入るね」
智くんが苛立ったような口調で告げたことで、陽太が戻ってきたのがわかり、嬉々として振り返る。
「悠真っ!」
(離れていたのに智くんが来たから、急いで戻ってきてくれたんだ――)
息を荒くしながら駆けてくる陽太の背後に、色とりどりの花壇がぼんやり揺れて見える。思わず胸が詰まり、込み上げる涙を慌てて指先で拭った。ここで泣いてしまったら、心配させてしまうだろう。
「ゆっ悠真、大丈夫かっ?」
息を整えきれないまま、陽太が俺の手をぎゅっと握りしめる。その手のぬくもりが、今にも崩れそうだった心の支えになった。手のひらからポカポカが流れてきて、苦しいくらいに緊張していたメンタルが、瞬く間に落ち着いた。
「陽太が来てくれたから大丈夫。ありがとう……」
「うん、顔色が少しだけ良くなったな」
空いた手で俺の頭を撫でてから、ベンチに座る智くんに向き合った陽太。
「西野くん、こんなところでアルファのフェロモンを流したりしたら、オメガが集まってしまうかもしれないよ?」
「攻撃性を感じさせるフェロモンを嗅げば、誰も寄ってこねぇよ」
口調は強がっているものの、繋がれている陽太の手のひらが次第に汗ばんでいく。同じアルファ同士でぶつかり合いながら俺を守ることは、きっと大変なのかもしれない。
「保健室でやった俺の行動を、西野くんは真似をしたということか。確かに最初は、邪魔が入らなかったもんな」
智くんは静かに告げるなり、ゆったりとベンチから立ち上がった。そしてある一点を見つめて、チッと舌打ちする。
「俺の悠くんと仲良さそうにしてるのは、見せつけるためかい?」
顎で俺と陽太の繋がれている手を指し示し、忌々しそうに睨む。
「見せつけるもなにも、俺と悠真は付き合ってる」
俺の目に映る堂々としている陽太は、なぜだか格好よく見えてしまい、胸がドキッとした。
(いつもはクラスのためにがんばってる陽太が、俺のためにこうして守ってくれるのは、やっぱり嬉しい――)
「悠くん、それは本当なのかい? こんな、いつラットになるかわからない野蛮人と付き合うなんて、君の身になにかあったら大変じゃないか」
「五十嵐さん、俺はアンタとは違う」
陽太は、速攻で拒否する言葉を告げた。
「なにが違うんだい? 俺は抑制剤でラットにならないようにきっちり管理している、この世で一番安全なアルファだ。君は、そうじゃないだろう?」
「俺は悠真と一緒にいるときに、ラットになったことがある」
「陽太……ウソ、だってそんなの――」
一瞬、記憶の底に沈めていた光景が、急に脳裏に蘇る。中学3年の昼休み――思い出したくもない、あの日の空気が肌にまとわりついてくる。
お昼休み、給食を食べ終えた俺と智くんは並んで廊下を歩いていた。それはいつもの日常――確か、昨日見たテレビ番組の話をしていたっけ。
『悠くん俺さ、いつも悠くんの傍にいるときは、アルファのフェロモンを出しているんだよ』
「そうなんだ。ごめん、俺あまり、フェロモンの感知能力がよくなくて」
『同じベタでも朱音姉さんは感じるのに、どうして悠くんは感じてくれないんだ』
振り絞った声で告げた智くんは、次の瞬間には俺の体をぎゅっと抱きしめた。
「と、智くん?」
『こんなに悠くんのことが好きなのに、なんで伝わらないんだよ!』
耳に響く怒号を認識したときには、着ていた開襟シャツを智くんの両手が引き裂いていて。
「ちょっ、なにするん――」
胸元を引き裂かれた瞬間、冷たい空気が肌を刺す。その直後、首筋に強い痛み――噛みつかれたのだと気づいたときには、声が喉の奥で詰まった。荒くて熱い息遣いが皮膚を通して感じるだけで、恐怖に体をぶるぶる震わせる。
『悠くん、好きなんだよ。堪らないくらいに』
智くんの血走った両目が俺を見据え、苦しいくらいに抱きしめられる体が、まるで自分のものじゃない感覚に陥っていく。徐々に意識が遠のきかけたせいで、その場に倒れ込んだ。
智くんはすかさず跨り、俺の両手首を掴んで床に押しつける。
『キレイだね、悠くんの体。むしゃぶりつきたくなる』
そう言ったのに智くんは俺の唇にキスをして、強引に舌を挿入しようとした。
「ンン、やっ!」
血なまぐさいキスから逃れるために、何度も首を左右に振り、智くんから逃れようとしたら、下半身になにかを擦りつけられた。
「ヒッ!」
すごく固くて異物感のあるものが、執拗に下半身へと押しつけられた瞬間、心が凍りつく。ただただ、怖くてたまらなかった。
「いっ嫌だ、もうやめて……」
『ああ、悠くんが感じてくれて嬉しいよ。一緒に気持ちよくなろう』
「先生、こっちです! 五十嵐くんが月岡くんを襲ってます!」
ちょうど職員室に通じる廊下だったこともあり、通りがかった生徒の通報では運よく助け出された。
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