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第六章 恋のはじまりと揺れる未来7

***  パンを食べ終わり、紙袋を丸めて足元のゴミ箱に放り込む。空になった手が、また自然に悠真のほうへ伸びて、しっかりと重なる。 「俺たちさ」 「ん?」 「パン食べただけで、なんかデートっぽいよな」 「え? ……そうかな?」 「だって、ほら。こうして並んで座って、同じもん食べてさ」  そう言うと悠真が頬を少し赤くして、俯きながら笑った。 「じゃあこれは、完全にデートだね」 「……お、おう」  冗談のつもりが、本気で返されると心臓が爆発しそうになる。沈黙を埋めるように、手にしてたジュースを口に運んだ。すると、悠真がじっとそれを見て――。 「陽太、それ一口ちょうだい」 「えっ」 「ダメ?」 「いや、ダメじゃないけど……」  悠真に向かって差し出すと、ストローにそっと口をつけて飲んだ。ほんの数秒なのに、その光景に呼吸が止まる。 (……やば。間接キスとか考えるな俺)  顔が熱くなるのをごまかすように、思い切って肩を寄せた。抵抗するどころか、悠真は自然に体を預けてくる。 「なんだかこうしてると、眠くなりそう」 「昼寝デートか? それもアリだな」 「ふふ。陽太の隣だと、すごーく安心できるんだよ」  その言葉に、胸がじんわりと甘くなる。ただベンチに座って、手を繋いで寄りかかってるだけ。それだけで世界の全部が満たされていく気がした。 「……ねぇ、陽太」 「なんだ?」 「もう少しだけ、このままでいていい?」 「もちろん」  俺の返事に、悠真が安心したみたいに目を細める。悠真と肩を寄せ合って座ってると、風が少し心地よくて。でも俺の胸の中は、ぜんぜん落ち着いてなかった。 (……やばい。悠真がこんなに近くにいるのに、じっとしてらんねぇ)  隣をちらっと見ると、悠真はほんのり頬を染めながら、視線を前に向けていた。その横顔が、どうしようもなく愛しく見える。  気づけば、言葉が勝手に口から零れていた。 「なあ、悠真」 「ん、なぁに?」 「……キス、していい?」  言った瞬間、心臓が爆音みたいに鳴って、耳まで熱くなる。悠真はびっくりした顔を滲ませたあと、少し唇を噛んで俯いた。  長い数秒の沈黙――そして、微かに震える声で告げる。 「して……いいよ」  その一言で、胸がぎゅうっと締めつけられるくらい嬉しくなった。嬉しさの余りにフェロモンが出そうになり、慌てて深呼吸を繰り返す。  落ち着いた頃を見測り、俺はゆっくりと身を寄せて、悠真の顔を覗き込む。瞳が合った瞬間、互いに恥ずかしそうに笑った。 「目、閉じろよ」 「う、うん……」  ぎこちなく目を閉じる悠真の唇に、自分の唇をそっと重ねる。柔らかくて、あたたかくて――ほんの数秒なのに、永遠みたいに感じた。  離れたあと、悠真は頬を真っ赤にして、落ち着きなく視線を逸らす。 「……どうしよ。心臓、すごーくドキドキしてる」 「俺も。てか、たぶん今の俺ら、顔真っ赤だよな」 「陽太、俺の顔を見ないで」  そう言って肩を押されるけど、手はちゃんと繋いだままで。もう離したくない――そんな気持ちが、お互いに伝わってる気がした。  ぎこちないキスを終えて、俺たちはしばらく黙ったまま手を繋いでいた。  風の音と、心臓の音しか聞こえない。だけどフェロモンが出ないように、気をつけることを忘れなかった。 (……やっべぇ。今の、夢じゃないよな?)  横目で悠真を見ると頬を真っ赤にして、まだ俯いている。その様子がすげぇかわいい――って思った瞬間。 「陽太、あのね――」 「ん?」 「……もう一回、してもいい?」  小さな声でそう言って、悠真が俺の方をちらっと見た。耳まで真っ赤にしながら、それでも目だけは真剣で。 (うわ……やば……!)  胸の奥が、一気に熱くなる。意外すぎて、一瞬返事が詰まったけど――。 「もちろん!」  勢いで元気に答えたときには、俺のほうが顔から火が出そうになってた。  お互いにゆっくり顔を近づけて、さっきより少しだけ長く、深く、唇を重ねる。甘いパンの匂いが残る吐息が混じって、頭の中が真っ白になった。  離れたあと、悠真は照れ隠しみたいに笑って言う。 「ふふっ。やっぱり、ちょっと好きかも」 「“ちょっと”じゃねえだろ、それ」 「じゃあ、“すごーく”」  俺は思わず笑って、もう一度だけ軽く唇を重ねた。 ***  キスを交わしたあとも、俺たちはしばらく言葉をなくしていた。ただ隣にいて、触れているだけで胸がいっぱいになる。  やがて悠真が、俺の肩にこつんと頭を預けてきた。 「……なんか、もうちょっとこのままでいたい」 「ああ、そうだな」  返事をしながら、俺もそっと彼の手を握る。  昼下がりの公園には子どもや親子連れがいて、笑い声が聞こえてくる。けれど、不思議とそれが遠くに感じられた。  俺と悠真の小さな世界が、ここにだけ切り取られているみたいだった。 「ねぇ陽太……俺たちのこの姿、人に見られたら変かな」  小さな声で囁く悠真に、俺は笑って答える。 「別にいいだろ。恋人なんだから」 「……っ、堂々と言われるとなんか恥ずかしい」 「俺は全然、恥ずかしくないけどな」  そう言いながら、悠真の髪を撫でる。指先に触れる柔らかさが愛おしくて、撫でるたびに「もっと触れたい」って気持ちが強くなる。  悠真は少しだけ頬を膨らませて、それでも俺の肩に頭を預けたまま動かない。 「……ほんと、離れたくなくなるな」 「うん。俺も陽太と離れたくないよ」  互いの言葉が、午後の陽射しに溶けていく。どこかに出かけるわけでもなく、特別なことをするわけでもない。ただこうして寄り添っているだけで、充分にしあわせだと思えた。

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