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第六章 恋のはじまりと揺れる未来14
翌朝、目覚ましの音にようやく瞼を持ち上げたけれど、体は鉛みたいに重かった。夜中、あんなにもがいたせいで眠りは浅く、夢の中ですら悠真の笑顔に責められた。
シーツのざらつきがまだ生々しく肌に触れて、思い出すたびに顔が熱くなる。しかも昨日の夕方、父さんに叱られた言葉まで胸の奥で反響し続け、逃げ場なんてなかった。
(なにやってんだよ、俺は――)
頭ではわかっている。アルファとベタ。普通のカップリングじゃないからこそ、余計に慎重にならなきゃいけない。父さんが言った「自覚を持て」という言葉は正しい。
だけど、それでも悠真に触れたい。離れたくない。そんな想いばかりが積もって、抑えようとするほど苦しみは深くなる。
昨夜、ひとりでどうにかしようとしたのに、むしろ募る切なさだけが残ってしまった。その残滓が体の奥にこびりついて、まだ俺を縛りつけている。
洗面所で冷たい水を浴びても熱は引かず、鏡に映る自分の目の赤さに苦笑が漏れた。
リビングを通ると、書斎から父さんが出勤の支度をする気配を感じた。挨拶しなきゃと書斎に顔を出し、小さな声で「おはよう」と言うと、父さんは深いため息をひとつ。新聞を畳む硬い音が響き、それ以上の言葉はなかった。
その無言の圧力が、かえって胸を突き刺す。
(昨夜のフェロモンで……全部、バレてるんだろうな)
視線を落としたまま通り過ぎると、ポケットのスマホが震えた。悠真からのメッセージだ。
「おはよう。天気がイマイチだけど陽太は元気?」
ただそれだけの一文なのに、胸の奥がじんわり熱くなる。
叱られた余韻も、夜の焦燥も消えやしない。けれど――悠真の言葉ひとつで、また前を向こうとしてしまう自分がいた。
***
陽太宛に送ったスマホの送信済みの画面を眺めながら、俺はベッドに寝転んだ。
「おはよう。天気がイマイチだけど陽太は元気?」
たったそれだけの一文。昨日みたいにもっといろいろ書けばよかったのに、指が止まってしまった。
(本当は“会いたい”って打ちたかった――)
胸の奥に渦巻く欲求を飲み込む。夏休みは時間なんていくらでもある。俺が本気を出せば、毎日でも陽太に会える。
だけど昨日のことを思い出すと、喉が詰まった。俺がいるときに、陽太は父親に叱られた。俺が帰ったあとに叱ることもできたのに――わざわざ俺の存在を踏まえた上で。それは陽太だけじゃなく、俺自身にも注意を促すためだろう。
『俺のフェロモンが強すぎるのが、不快につながるって……アルファとして自覚持てって言われた。悠真といると安心して、調整とかなにも考えてなかったから』
つらそうに俯いた陽太の顔。あの言葉。俺がいなければ……あるいは俺が彼を求めなければ、陽太は叱られなかったのかもしれない――そんな考えが浮かぶたびに、心臓を氷で締めつけられるみたいに冷たくなる。
俺はベタで、もともとフェロモンの熱を真正面から感じ取ることはできない。けれど、雰囲気ならわかる。昨日の部屋の空気は、まるで甘い霧に包まれているみたいで、吸い込むたびに胸が熱くなった。
(俺、もっと陽太とキスしたい。ぎゅっと抱きしめられたい。……いや、それ以上だって)
目を閉じて、両腕で自分の胸を抱きしめる。息をするたび、欲望がふくらんでいく。もっと触れたい、もっと近づきたい、もっと俺のものになってほしい――欲望は言葉を覚えたばかりの子供みたいに増えていく。
(でもそうしたら、陽太がまた叱られる。俺のせいで……)
会いたい気持ちと距離を置くべきだという理性がせめぎ合って、どうにも落ち着かない。
(俺から「しばらく会うのやめよう」って言えばいいんだ。そうすれば、陽太も楽になるかもしれない)
そう思った。思ったのに指はスマホの画面に触れるだけで、文字は打てなかった。「会えない」なんて、言えるはずがない。だって俺が、一番陽太に触れてほしいのだから。
「……はぁ、どうしよ。こんなふうに誰かを好きになるなんて。今の俺、すごく重たいヤツって陽太に思われるかもしれない」
大きくため息をついて、枕に顔を埋める。布団の中で転がっても、胸のざわつきはおさまらない。気づけばまた、陽太の笑顔を思い浮かべていた。唇が重なったときの柔らかさ。肩越しに感じた体温。首に触れた唇のくすぐったさ。
全部、もう一度味わいたい。むしろ、もっと深く――。
(でも俺が望んだら、陽太は止まらなくなるかもしれない。それでまた叱られて、苦しい顔をするのは嫌だ)
自分で自分を縛りつける言葉を繰り返すのに、心臓はわかりやすく期待に跳ねる。スマホを握る手が震えて、画面の文字がぶれて見えた。
『もっと一緒にいたい』
打っては消し、また打っては消して……画面の中で俺の欲望だけが、何度も生まれては殺されていった。
結局、俺が打ったのは、たったひとつ。
『今日の部活は何時まで?』
送信ボタンを押したあとも、胸のざわつきは収まらなかった。鼓動だけが勝手に陽太を求めて、息苦しいほどに暴れ続けていた。
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