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第六章 恋のはじまりと揺れる未来15

***  送信した直後、胸の奥がざわざわする。メッセージが既読になるまでの数秒が、やけに長く感じられた。 (……返ってこなかったらどうしよう。俺、重たいって思われて……)  心臓を押さえかけたそのとき、短いバイブの震えが手のひらをくすぐった。 「……っ」  慌てて画面を覗き込む。そこには、陽太からの文字が並んでいた。 『部活は夕方まで。帰りは少し遅くなるかも』  続けて、もうひとつ。 『でも帰ったら、また悠真と会いたい』  その一文に、胸の奥が一気に熱くなる。 (……ずるい。俺が「会わない方がいい」って思ってたの、ぜんぶ吹き飛ばすものじゃないか……)  涙が出そうになるくらい嬉しくて、でも苦しい。だって俺は「会いたい」って打てなかったのに、陽太はあっさり言ってしまう。  唇を噛んで、スマホを胸に押し当てる。体の奥がじんわり熱くなって、さっきまでの理性は跡形もなく崩れていった。 (本当は俺も会いたい……もっと陽太に触れたい。キスしたい。抱きつきたい。……でも、そしたら陽太がまた叱られる)  熱と理性がまたせめぎ合う。でも、送られてきた「会いたい」の五文字を、何度読み返しても胸が震える。消そうとしても、余韻が甘くまとわりついて離れない。  指先が勝手に動いて、返信画面を開く。 『俺も。すごく会いたい』  ……打って、すぐに消した。代わりに送信したのは、たったひとつ。 『気をつけて帰ってきてね』  送信ボタンを押したあと、ベッドに転がって天井を見つめる。胸の奥がじりじりして、枕に顔を埋めずにはいられなかった。 (陽太に会いたい。でも、言えない。俺のせいで陽太が苦しむのは嫌だから)  繰り返しそう呟くのに、陽太の「会いたい」が体の奥で熱を灯し続けて――『駅前のコンビニ前で待ってる』という返信をしてしまった。結局俺の中の理性なんて、もう役に立っていなかった。 ***  部活を終えて、自転車を押しながら駅前に向かう。夏の夕方の空気はむわっと熱いのに、胸の中は不思議と浮き立っていた。  だって、今日は悠真に会える。昼間は部活で汗だくになっていたけど、帰り道は自然と背筋が伸びる。足取りだって、すげぇ軽い。  駅前のコンビニ前で待っていた悠真を見つけた瞬間、思わず笑顔がこぼれた。 「悠真!」  手を振って駆け寄ると、悠真も顔を上げて小さく手を振り返してくれる。けど、その笑顔は――なんとなく硬い。 (……ん?)  いつもなら駆け寄った俺に「おつかれ」とか「暑かったでしょ」って、真っ先に声をかけてくれるのに、今日はなぜか一拍遅れている。 「お疲れ、陽太。……大丈夫? 疲れてない?」  優しい言葉なのに、どこか距離を感じた。 「全然大丈夫! むしろ悠真に会えて元気になった」  そう言って笑いかけると、悠真は僅かに視線を逸らす。胸がざわついた。昨日までの悠真なら、俺を見つけた瞬間に少しでも笑ってくれるのに。今日は、視線さえ合わせてくれない。照れてる? いや、それとも……。 (なんか、よそよそしい……?)  少しの沈黙が流れる。俺の胸に小さな棘みたいなものが刺さった。  自宅で宿題をしたときだって、ずっと一緒にいて楽しかった。今日も会いたいって伝えたのに――悠真からのメッセージや今の態度は、どこかぎこちない。 「悠真……なんか、あったのか?」  思わず聞いてしまう。すると悠真は一瞬驚いたように目を見開いて、すぐに笑って首を振った。 「ううん。なんにも」  けどその笑顔は作り物みたいで、嘘だってすぐにわかる。 (なんにもなくて、こんな顔するはずないだろ……)  胸の奥がざわつく。俺が父さんに叱られたことが、まだ尾を引いてるのかもしれない。それとも……もしかして俺と会うのが、迷惑になってる?  そんな不安が、頭の中でじわじわ膨らんでいく。  駅前の人混みの中、隣に並んで歩く悠真の横顔を盗み見ながら、俺はどうしても口を開けなかった。  沈黙が続くたび、胃の奥が重く沈んでいく。隣を歩く悠真との間に、目に見えない壁が立ちはだかっているようで――すげぇ胸が苦しい。 「俺と会うの、もう嫌なのか?」なんて怖くて聞けなかった。本当は「よそよそしいのやめろよ」って、軽く笑って抱きしめたい。  何度も呼吸を整えようとしたけど、喉がつまって声にならなかった。悠真も同じみたいに、視線を下に落としたまま歩いている。その背中が、どんどん遠ざかっていくように感じて、心臓が苦しくなった。 (やばい……。俺、このままじゃ悠真を失うんじゃないか――)  夕暮れの駅前を並んで歩く。けれど隣の悠真は、ずっと視線を落としたまま。俺の胸はざわざわして、じっとしていられない。 「悠真……ほんとに、なんにもないのか?」  声が少し掠れていた。自分でもわかるくらい、必死な響きだった。悠真は一度足を止め、躊躇うように唇を噛んだ。その横顔に、胸がきゅっと縮む。 「俺ね……陽太が叱られるのは嫌なんだ」  ぽつりと落とされた言葉は、微かに震えていた。 「陽太が俺と一緒にいるせいで、また苦しい思いをするなら……俺、距離を置いたほうがいいのかなって」  その一瞬、頭の中が真っ白になった。耳鳴りがして、喉の奥がひりつく。  やっぱり俺と会うの、悠真は迷惑だったんだ。そう思った瞬間、胸がぎゅっと痛んで、足元がぐらついた。 「そんなの、俺は嫌だ」  気づいたら、口から漏れていた。 「俺、悠真と距離なんか置きたくない。悠真がいないと……嫌だ」  声が震えているのが自分でもわかる。だけど、どうしても抑えられなかった。悠真が驚いたように目を見開いて、少しだけ唇を開いた。  人混みの中、ほんの数秒の沈黙。心臓の鼓動がうるさくて、息が詰まりそうだった。  ようやく悠真が、小さな声で呟く。 「……俺だって、本当は離れたくないんだよ」  その言葉に、全身から力が抜けるような安堵が広がった。けれど同時に、悠真の瞳にはまだ迷いが宿っていた。 「……そっか」  俺はなんとか笑みをつくって、それ以上は追い詰めないようにした。問い詰めたら、悠真はきっと本当に離れようとしてしまう。そんな予感があったから。  だけど歩幅を合わせて隣にいるのに、指先は触れ合わない。いつもなら自然に繋がっていたのに――今日は互いに遠慮している。  横顔を盗み見ると、悠真は視線を下に落としたままだった。 「陽太、ごめんね」  耳に聞こえたその言葉が、胸に深く突き刺さる。 「なんで謝んだよ」って笑って返したけれど、喉が詰まって声が震えていた。  電車の時間までの道のり、ふたりともほとんど会話をしなかった。夕暮れのざわめきだけが、俺たちの間を埋めていた。 (……また会えるよな、悠真)  不安をかき消すように、心の中で必死に繰り返す。それでも握りしめた拳は、汗でじっとり濡れたままだった。

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