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夢現
季節はあっという間に移ろいゆき、すっかり半袖が似合う時期になった。大学生の夏休みは随分と長い。その分、バイトやサークルに精を出したり、普段は行けない海外旅行に出かけて羽を伸ばしたり、実家に帰省したり、充実した時間を過ごす学生がほとんどだ。
(つまらない……)
僕のように、狭いワンルームの片隅でスマホと睨めっこしている学生なんて滅多にいないだろう。だって、しかたない。実家すらない僕には、どこにも行く宛てなどないのだ。
ここまで育ててくれた祖父母は健在だ。優しい彼らは僕が顔を出すと分かったら、いそいそともてなす準備をするだろう。けれど、この暑さの中、わざわざ僕なんかのために無茶させるのは心苦しい。今年は帰ってくるのか、と電話で聞かれたけれど、バイトが忙しくて難しいと嘘をついて誤魔化した。
夏真っ盛りということは、suiだって大忙し。あんなに僕に構う時間を作れていたのが珍しいほど、元々多忙を極めるトップアイドルなのだ。絶賛全国ツアー中の彼は、毎週のように地方を回っている。こっちに帰ってきても、テレビ番組の収録や雑誌の撮影を行っているというのだから、体がいくつあっても足りないだろう。
家主のいない家でやることなんて、たかが知れている。それでもバイト代をいただいている以上、何もしないというのは駄目だと思って掃除や洗濯のために家に行っているけれど、それも決まって翠がいないときを狙っていた。
どうせまたすぐに、翠はどこか遠い地へ旅立ってしまうから。顔を合わせたら、絶対に縋り付いてしまうから。僕は翠に会いたくなかった。
一ヶ月以上の間、毎日のように付けられていた項の噛み跡はほんのりと色付いている程で、もうほとんど消えかかっている。偽りの番の印なのだから当然なのだけれど、現実を改めて思い知らされたようで、やり場のない虚しさに包まれた。
それだけ長いこと会っていないと思うと、寂しくて寂しくてたまらない。もう自分の心を誤魔化せないほど、翠に恋焦がれていた。
(今頃、翠は何万人ものファンを魅了しているんだろうなぁ……)
忙しい合間を縫って、近況報告のように毎日届くメッセージに、今日は西の方でコンサートだって、確かそう書かれていたはず。この街から出たことのない僕にとって、未知の世界だ。遠い遠いその場所から、今日、翠が家に帰ってくることはないだろう。
一週間ぶりに訪れた翠の家。ドアを開けた瞬間、彼の残り香を感じて、無意識にすうと大きく息を吸い込んだ。湧き上がる欲望。心が揺らぐのを必死に抑えて、掃除に取りかかる。
滅多に家にいないおかげで、特に目立った汚れはない。……僕がいる意味あるのかな。そう考えてしまうのを必死に打ち消して、掃除を終えた僕は今度は洗濯に取りかかる。
洗濯カゴの中に入っている、一着のシャツ。手に取った瞬間、鼻腔を蕩かす香りが漂ってきて、胸の奥が疼く。我を忘れてしまいそうになるのをなんとか耐えながら、それ以外を洗濯機に放り込む。
(……これはだめ)
(洗ったら消えちゃうから、だめ)
洗わなきゃいけないと頭では分かっているのに、本能的にそれを拒否してしまう。皺になるほどシャツを握り締めながら、まるで夢遊病にかかったみたいに覚束無い足取りで窓際に向かう。
締め切ったカーテンの中に入り込んで、そのまま座り込む。空は太陽が沈んだ代わりに、月が顔を出していた。抱え込んだ膝にシャツを乗せて、顔を埋める。ぼーっと外を眺めて、僕は大人しく洗濯が終わるのを待っていた。
この場所は自分の家よりも空が近く感じる。灯りの灯されたマンションや戸建てを見下ろせば、どうしようもない虚しさに襲われた。きっと、僕には想像できないような幸せな家庭で溢れているのだろう。僕だけが独りぼっちで、暗闇に取り残されたような感覚。
どれぐらいの間、そうしていたのか分からない。洗濯機はまだ音を立てている。すんと鼻を啜れば、あの爽やかなサイダーのような香りが届いて、ささくれた心が少し癒された気がする。
(……会いたい)
翠に会って、いつもみたいに抱き締められて、あの甘やかな瞳に見つめられて、それから……、彼の跡を残してほしい。
(貴方だけのオメガになりたかった……)
こんなに自分がベータであることを恨んだことはない。翠に出会うまでは、それでいいと思っていた。平凡なベータなんて、ぴったりだと思っていた。
だけど、今の僕に翠のものにはなる資格はないから。この世界の何処かにいる翠の運命が羨ましい。
僕はただなんとなく気に入られているだけで、飽きが来たらぽいと捨てられる。そんな未来なんて、今はまだ考えたくなかった。
生まれ変わったら……なんて、そんな悠長なこと言ってられない。僕は、この世界で翠と唯一無二の関係になりたかった。
「……やっとだ」
「ッ!?」
重たいため息を吐き出した瞬間、背後から突然ここにはいないはずの声が聞こえてきて体が跳ねた。その言葉の意味よりも存在の方に気を取られてしまう。
カーテン越しに感じる気配を、僕はよく知っている。
どうして、地方にいるって聞いていたのに。
心の準備ができていなくて、脆い繭の中からなかなか出て行けない。それでも体は素直で、久しぶりに会えた喜びに興奮したのか、ぶわりと体温が上がって熱に浮かされたようになる。
「……陽、出ておいで」
翠が僕を呼んでいる。行かなくちゃ。
そう思うのに、どんな顔をして出て行けばいいのか分からない。関係値がリセットしたみたいに、恥ずかしくてもじもじしてしまう。
あんなに恋焦がれていた人がすぐそこにいる。ずっとずっと、会いたくてたまらなかった。
「陽」
甘く優しい声で名前を呼ばれるのが嬉しくて、心臓がきゅとなる。……あぁ、でもそうだ。こんなに好きでしかたないのに、僕は彼の特別にはなれない。その事実が僕の心臓を突き刺して、血の代わりに涙が溢れてくる。
「ッ、」
「……陽?」
僕の異変に気づいた翠が、そっと静かにカーテンを開ける。目と目が合って、翠だって実感したら余計に溢れてくる涙。つーっと頬を流れるそれを目にした翠は、目を丸くした後に表情を曇らせた。
「どうして泣いてるの?」
少し怒ったような言い方。視線を逸らしてしまいたいのに、翠がそれを許してくれなくて、まるで金縛りにあったみたいに綺麗な瞳を見つめ続けた。
「……いたい」
「どこが?」
「…………ここ」
そう言って、心臓を示す。
……言うべきじゃない、言ったら駄目だ。
頭では分かっているのに、翠の前では嘘をつけない。じっと見つめられているせいか、口が勝手に動き出す。
「僕みたいなベータが求めたら駄目だってことぐらい、ちゃんと分かってるんだ」
「うん」
「……でも、翠がいないと心にぽっかり穴が空いたみたい」
「…………」
「ごめんなさい、こんなことを考えてしまって……」
考えることすら烏滸がましい。望むことさえ罪だと思った。だけど心優しい翠は、そんな僕でも受け止めてくれる。
「何を、考えてたの?」
「……僕が今から言うこと、全部忘れてくれる?」
「うん、いいよ」
チョコレートをどろりと溶かしたように甘ったるい瞳。その口元は緩く弧を描いている。
だって、翠が忘れるって言うから。だったら、本音を吐き出してしまってもいいかなって、安易にそう思っちゃったんだ。
「…………翠の、運命になりたい」
その言葉を聞いた瞬間、翠の瞳がぎらりと光る。まるで獲物を前にした獰猛な肉食獣のようで、「あ、僕、これから捕食されるんだ」と自分の未来を察してしまう。
何も言わない翠が僕の前に跪く。月に照らされた顔はいつになく真剣で、その瞳に吸い込まれてしまいそう。翠とひとつになれるなら、それもいいかも。……なんて、馬鹿げたことを現実逃避するみたいに考えてたら、ずっと大事に抱えていたシャツを奪い取られた。
「あ、」
「これはもういらないね」
そう言って、後方にシャツを適当に放り投げる。嗚呼、僕の大事な安心毛布だったのに。その行方を名残惜しく目で追っていたら、手を引かれて、翠の太腿の上に座る形になった。シャツじゃない、本物だ。こっちの方がずっといい。
だけど、いつも後ろから抱え込まれてばかりだったから、こうして真正面に翠の顔が見えるのは違和感。どんな表情をしているのかバレバレなのが恥ずかしくて、でも目と目が合うのは嬉しい。
「ふふ、緊張してるね」
「……意地悪」
「だって、陽があまりにもかわいいから」
彼の細く長い指が涙を流した跡をなぞる。逃げ出したいと頭では思うのに、翠から離れるのが惜しくて、磁石でくっついているかのようにこの場所から動けない。
羞恥に歪んだ顔を見られたくなくて、翠の肩に顔を埋めた。途端に、いつもの香りが漂ってきて、酩酊しているみたいに思考がぼやけてくる。すりすりと、猫のように首筋に擦り寄って、その香りを堪能する。
こんなの、現実の僕じゃないみたい。夢を見ているんだって、そう思いたくなるほど自分の行動が受け入れ難いのに、奥底に無理やり溜め込み続けたせいで歪んだ欲望は全く収まる気配がない。
「ッ!」
しばらく大人しくしていた翠も僕の首筋に顔を寄せる。敏感なその場所に口付けられて、思わず身を捩った。言葉にならない声が漏れて、自分の手で口元を抑えれば、翠はそれを許さない。手を取られて、指を絡め合う。
僕を苛める張本人なのに、助けを求めるように眉を下げて翠を見つめた。もっともっとって期待と、恥ずかしさのあまりどうにかなっちゃいそうで逃げ出したい気持ちが入り混じる。
「……陽」
あまりにも切なくて、どうしようもないほど優しい声が僕を呼ぶ。胸の奥がきゅんとなって、言葉が出せない。目で返事を送れば、翠の顔が近づいてきて予感する。
――あ、これって……。
僕にその資格はないのに。そう分かっているけれど、最愛の彼を突き飛ばすことなんてできるはずがなくて、心中で懺悔しながら、僕はただ目を瞑ってそれを受け止めた。
初めてのキス。多分、三秒もしなかった。それなのに心はとてつもなく満たされて、じんわりとあたたかくなる。幸せの意味を、生まれて初めてちゃんと理解した気がした。
ゆっくりと目を開ければ、ぱちんと目が合って照れくさい。心臓がうるさいけれど、翠から与えられたものだと思えば、それすらも今は心地よかった。
世界中を虜にする、極上のアルファ。誰もが羨望の視線を送り、彼のハートを射止めたいと願っている。そんな男が、今この瞬間は僕だけをその眼に映している。
手に入れたなんて、そんな傲慢なことは考えようとも思わない。けれど、渇きにも似た欲望はどうしようもなく、この男が欲しいと思った。骨の髄まで愛されたいと、そう思ってしまった。
「……もっと」
「ッ、あんまり俺を煽らないで」
掠れた声で呟くと、ちゃんと耳に届いたらしい翠が余裕のない表情に変わる。浅ましい俺の望みを叶えるべく、彼はまた唇を寄せた。
息付く暇も与えないほど、繰り返されるキスにくらくらする。唇と唇を合わせているだけでこんなにも満たされるなんて、僕は知らなかった。
何も言葉を交わさない。次第に全身の力が抜けてきて、後ろに倒れそうになる。それを察した翠が頭を打たないように支えてくれた。
火照った体にひんやりとした床が気持ちいい。横たわる僕に覆い被さった翠は、僕の手を取り、指先に口付けた。
「舌、出して」
言われるがまま、何の疑問も持たずに素直に従う。間髪入れずに、べと出した舌が翠のそれと絡まり合う。さっきまでの啄むようなキスとは違う、直接的な刺激に下半身が疼いた。
「ッふ、」
溢れる吐息すらも飲み込まれているような感覚に背筋が震える。我が物顔で咥内を弄られて臆病に舌先を引っ込めれば、それは駄目だと言わんばかりに絡め取られる。耳に届く水音、口端から零れる唾液。肌が粟立って、そこだけ別の生きものになったみたい。自分の身体だとは思えなかった。
――気持ちいい。もっと欲しい。
体中の血液が沸騰してるみたいに全身が熱い。頭の中はそれしか考えられなくて、ただ与えられる刺激を享受することしかできない。止めなくちゃなんて考えは、すっかり消え去っていた。
「……んあっ、」
するりと服の裾から忍び込んできた、少し冷たい翠の手。びくつく腰を宥めるように撫でられれば、またひとつ理性の糸を切られそうになる。この快感を逃がそうと身を捩れば、大きな窓の外にまん丸なお月様が見えた。
――見られてる。
そんな意識が一気に襲ってきて、思わず翠の手を止めた。
「……ここまできて、お預けはなしだよ」
「ちがう」
「何が不安?」
幼子のように首を横に振ると、翠はぴたりとその手を止める。こんな時でも強引に事を進めようとはせず、僕を尊重してくれる優しさにじんと胸が痛む。
「……見られてる、みたいで」
「誰もいないよ」
「…………お月様が見てる」
これから僕たちがやろうとしていることがバレたら、世界中の人が「翠を汚した」と僕を責め立てる。もしも神様が知ったら、「最高傑作を台無しにされた」と怒り狂うだろう。僕だけなら地獄に落ちたって構わない。翠を道連れにしてしまうのが心残りだった。
優しい月明かりに照らされたこの部屋は、秘め事に励むには相応しくない。何の光も届かない、真っ暗な闇の中でなら紛れられる気がするから。それはただの言い訳で、僕の気持ちの問題に過ぎないのだけれど。
馬鹿にされるんじゃないかって、言ってから後悔した。だけど、じいと月を見ていた翠は、柔らかい微笑みを浮かべてこちらに向き直ると「そうだね」と頷いた。
「陽の姿を見れるのは俺だけでいい」
「っ、降ろして」
「だめ」
軽々と抱え上げられてじたばたと手足を動かすけれど、体幹を鍛え上げている翠はビクともしない。この細身のどこにそんな力が。そう思ってしまうほど楽々と寝室まで運んだ翠は、壊れ物を扱うように大切に僕をベッドに降ろした。
真っ白なシーツに広がる黒髪。 翠によって高められた身体は期待に震えてる。だけど、そんなはしたない自分を翠に気づかれたくなくて、足を擦り合わせる。爪先を丸める僕を見下ろして、すーっと深く息を吐いた翠が口を開いた。
「……陽」
「…………はい」
「もう、止められないよ」
「…………」
「今から君を抱く。……逃げるなら、今しかない」
面と向かってはっきりと言葉にされると、羞恥心と期待でぐちゃぐちゃになってしまいそう。翠の瞳はぎらぎらと燃えている。その欲を全て僕にぶつけるつもりだと思ったら、もうどうにかなっちゃいそうだ。
「……いいよ」
「…………」
「翠の、好きにして……」
「ッ、これ以上俺を煽らないで」
どんな罰を与えられてもいい。この一時だけでいいから、どうしても翠が欲しいという心の底からの望みに僕は抗えなかった。
翠に手を伸ばせば、見たことがない程余裕のない表情をした翠が荒々しく着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。ベッドの下にはらりと落ちていくTシャツ。そして、翠は僕の手を取るとそのままベッドに縫い付けられる。
「んッ、ふ、」
「……陽」
馬乗りになった翠から次々と降ってくる甘い口付けに酔ってしまいそう。息継ぎの合間に名前を呼ばれると、僕は翠に愛されているのだと勘違いした心がときめいてしまう。まさか、そんなわけないのに。
家政夫だってのはただの建前、結局のところ性欲処理として雇っただけなんだ。我が強いアルファ同士は馬が合わない者が多いというし、ただの性欲処理にオメガなんて厄介すぎる。僕のような平凡なベータが一番扱いやすいだろう。
僕は運が良かった。偶然翠に出会って、今までの比じゃないぐらいの給料をもらいながら楽な仕事をして、好きな人に抱いてもらえるなんて。僕の人生の最高到達点はここだと、はっきり分かる。
「……何考えてるの」
「っ、え?」
「だめだよ、俺のことしか頭の中にいれないで」
「そ、こ……、だめ、ッ」
考え事をしている僕を叱るように、翠がシャツの上から胸の飾りを口に含んだ。新たな刺激に思わず漏れた声は高く媚びているようで、言葉とは裏腹に、微塵も拒否するつもりは無いということが丸分かりだった。
先端を齧られると、もう、駄目だった。快感を逃そうと仰け反ると、もっとしてと言いたげに胸を突き出す形になって、反対側も指先で苛められてしまう。
「……や、」
「ひもち、い?」
「んッ、そこで、しゃべんないで」
普段は性感帯として全く機能していないくせに、翠に触れられているだけでどうしてこんなにも気持ちよくなってしまうのだろう。そんなことを考えながら熱い息を漏らしていれば、口元を拭った翠が僕のシャツに手をかけてあっという間に脱がされた。
ぽってりと膨らんだそこは、目の前の男に散々苛められたのだと恥ずかしいほどに主張している。
「翠、おねがい」
「んー?」
「そこは、もうやだ」
自分が自分じゃなくなるみたい。涙の浮かぶ瞳で懇願すると、翠はにっこりと笑った。
「そこってどこ?」
「っ、……ひ、どい」
「ここかな」
そう言った翠が臍に唇を落とす。舌先で擽られると、喉奥から堪えきれない喘ぎ声が漏れた。
「っひ、……やぁッ、」
「いっぱい気持ちよくなれてえらいね」
いっぱいいっぱいになっている僕とは違って、冷静な翠によしよしと頭を撫でられる。内容がどうであれ、バカになった頭が褒められたと勘違いを起こして、素直に喜んでしまうのは惚れた弱みか。
ふと気が緩んだ隙に翠は悪戯に手を伸ばす。露になった尖りを摘まれると、電流が走ったみたいに体が跳ねた。再び始まる攻めに唇を噛んで耐える。強く吸われる度に鬱血痕が白い肌に散りばめられていく。シーツに描かれた髪の毛が身悶える度に模様を変えていた。
だけど、イキたくてもイケないのが焦れったい。なんて、もどかしい。直接的な刺激が欲しくて、腰が揺れるのを抑えられない。
「イキたい?」
「……ん、おねがい」
水の膜が張った瞳で、翠をじいと見つめながら懇願する。恥なんてとうの昔に捨てていた。
「まだここだけでは無理そうだね」
「ッ、すい、」
「大丈夫、ちゃんとイかせてあげるから」
唾液に濡れて、てらてらと光る尖りから翠の手が離れていく。これ以上の責め苦には耐えられそうになかったから、ほっと息を吐いたのも束の間、今度は下着の中でどろどろになっている雄芯に直接触れられる。
「好きなだけイッていいよ」
「、ぁあッ」
自分で事務的にするときとは全く違う。僕の反応を見てすぐに先端が弱いと分かったのだろう、執拗にそこばかり狙われては達するまでそう時間はかからなかった。
「……ッ」
「いっぱい出たね」
ぎゅっと目を瞑って達した後、荒い息を整える。目を細めた翠はそんな僕を見下ろしながら、白濁で汚れた指を見せつけるように舐めた。かぁっと赤くなる僕に口角を上げた翠は、最後の一枚も簡単に剥ぎ取っていく。
翠に全部見られている。そう思うと、全身が火照ってくる。心臓がうるさい。隠れる場所なんてもちろんないけれど、観察するように見つめてくる視線から逃れようと足を閉じて擦り合わせた。すると、それを許してはくれない翠にがばりと脚を開かれて、その間に体を入れられてはもう隠すことさえもできなくなっていた。
「……見ないで」
「ごめんね、そのお願いは聞けないなぁ」
そう言った翠が宥めるようにキスをする。雛鳥のように必死にそれを受け止めていれば、翠の指先が後孔に触れる。先走りと精液が流れ落ちているせいか、ぐちゅと音を立てたそこの様子を伺うようにくるくると縁をなぞられた。
また、焦らされている。ワガママを言って翠に嫌われたくないから、早くしてとは言えなくて、見上げた瞳で訴える。ひくひくと期待に震えているのは、翠にバレているだろうか。そんなことを気にする余裕もないまま、僕の身体は更なる快感を求めている。ここまで来たら、理性なんてものは最早必要なかった。
「んぅッ」
つぷりと慎重に挿入ってきた指先。狭く閉ざされたはずの後孔は、やっと来たかと歓迎するみたいに長く細い指を飲み込んでいく。
未開の地を開拓するように、じっくりと進んでいく指を感じながら、僕は無意識に腰を揺らした。まるでどこがいいのか、分かっているみたいに。
「……あァッ、そ、こ……」
「うん、ここだね」
「ア、だめ……、ッ、また、……ふぁっ、」
「陽、気持ちいいって言ってごらん」
「ッん……、きもち、いいッ」
的確に感じる場所を探し当てた翠は、ぐっぐっと優しい力を込めてそこばかりを苛めてくる。気づかないうちに指は二本に増やされていた。バラバラに動くのも、的確に一点を狙われるのも、どちらも気持ちよくておかしくなりそう。
行き過ぎた快楽は涙に変わるらしい。目元に唇を落とされながら、涙に濡れた声で言われたことをそのまま口にすれば、「これが気持ちいいということだ」と初心な身体は教えられた通りにインプットしていく。
一際強く押されて、びくりと淫らに大きく跳ねた身体は、上手に快感を逃す方法を知らなくて、僕の雄芯はいとも簡単にとろとろと白濁を吐き出した。ずっと絶頂が続いているような感覚。身体はもう力が入らない。
……指じゃ、足りない。
もっと、もっと欲しい。翠が、欲しい。
いっぱい中を突いて、僕で気持ちよくなってほしい。
翠の子種を僕だけに注いでほしい。
そして、僕の項を噛んでほしい。
その行為に意味がなくても、番になれないなんて分かりきっていても、翠の所有の証を刻んでほしかった。
「すい、」
「ん?」
「……もう、いいから」
これ以上慣らさなくたって大丈夫なことぐらい、自分でよく分かっている。指を抜かれたせいで、物足りない。そこを埋めてくれる、大きくて熱いものを求めてひくついている。
快楽だけを求める淫乱と化した僕の頭は、正常に機能していない。力の入らない手で臀部を掴み、恥部を開く。女性器でもない穴から、どろどろと蜜が溢れているのが丸見えだ。けれど、翠に挿れてもらうことしか頭にない僕にとって、そんなのはほんの些細なことだった。
「……いれて」
「……ッ」
蚊の鳴くような声で懇願する。翠と早くひとつになりたい。中が疼いて、腰を揺らす僕を、翠は燃えるような瞳で見下ろしている。翠だって興奮していることは、その瞳を見ればすぐに分かる。だけど、待ちきれない僕に与えられたのは、期待していたものとは違っていた。
「っん、……な、んで、ッあぁ……」
少し柔らかくて、ぬるりとした感触が蟻の門渡を襲う。肉厚な舌は余すことなくゆっくりと、僕の恥ずかしいところを這っていく。やだやだと頭を振りながら半ば責めるように疑問を投げかければ、口元を淫靡に光らせた翠が笑った。
「陽の初めてをちゃんと全部味わわないと」
「っ、なに……、それ」
「もったいないでしょ」
「ッんん……」
喋っている余裕があると思われたのか、ぢゅと音を立てて蜜を吸われる。指よりも柔らかい舌先がぐにぐにと僕の中に入ってこようとしている。
ぐちゅぐちゅと、絶え間なく聞こえてくる音。抑えていた指先から徐々に力が抜けていく。
僕はただ、息つく暇もないぐらいに次から次へと与えられる快楽を享受するだけの生きものに成り下がってしまったみたい。
僕の入口を翠の舌が埋め尽くしてる。奥へ奥へと誘おうとする中の動きに逆らわず、翠はじっくりと進んでいく。舌先で柔壁を押されると、指とは違った感覚に頭がおかしくなりそう。
「ああっ、……も、やだッ、」
「陽?」
何度目の絶頂を迎えたか、分からない。自分ばかり気持ちよくなっているのが翠に申し訳ない。すっかりキャパオーバーしている僕の涙ながらの必死の訴えにようやく翠は唇を離した。
「ごめん、やりすぎたね」
「ッ、……ばか」
「そうだね、陽のことになるとバカになっちゃうみたい」
ぽそりと呟いた言葉に怒るわけでもなく、翠は蕩けた笑顔でそれを認める。宥めるように頭を撫でられたら、どんなことをされても許す以外の選択肢はなさそうだ。
息を整えていれば、カチャカチャとベルトを外す音がして、いよいよだと期待に震える。もう、ずっと欲しかったんだ。早く、一思いに……。
「んッ、」
ぴとと翠の熱い雄芯が当てられて、馴染ませるように入口を擦られる。ひくつく後孔の中からはどろりと蜜が溢れ出した。
「……挿入れるよ」
「んぁッ、」
あんなにたくさん慣らされたというのに、それを上回るほど翠のモノは大きくて、少しの痛みを伴ってゆっくりと中を進んでいく。
「……やば」
「もう、……挿入った?」
やがて、動きを止めた翠にそう問いかければ、奥歯を噛み締めて必死に耐えていた翠が無理に口角を上げる。
「……まだ、半分」
「……ッ、うそ」
「見てごらん」
促されるがまま、視線を落とす。ずっぽりと僕の中に収まっているのは、確かにまだ半分だけ。長大な雄芯が自分にちゃんと挿入っているのを目で確認したら、実感が更に湧いてきて、きゅと中を締め付けた。その瞬間、翠が息を飲む。
「ッ、ごめん」
「ンン、……あぁッ」
余裕のない表情をした翠が謝罪の言葉を残して、僕の足を掴んでベッドに押し付ける。次の瞬間、翠が一気に僕の身体を貫いた。
ぶわりと広がる、翠の香り。
目の前に火花が散ったかのような、止まらない絶頂にびくびくと震えが止まらない。
奥の奥まで翠で満たされている。ずっとずっと、待ち望んでいた。ぎゅうと締め付けるそこは、喜んで歓迎している。再び視線を送れば、どくどくと脈打つ熱いものが自分の中に収まっているのを改めて確認できた。
――翠がここにいるんだ。
ひとつになれたことが嬉しくて、腹を撫でる。初めてが翠でよかった。そう、心から思う。
「んッ、あっ、」
「ッ、」
「……すいッ」
最奥を突かれる度、今までに感じたことのないほどの快感に襲われる。広い背中に爪を立てながら必死に名前を呼べば、僕の頬を翠が撫でた。
大きくて、優しくて、少し骨張った男らしい手。この手に触れられるのが好きだ。思わず擦り寄れば、慈愛に満ちた表情の翠が口付けを落とす。
「……きもち、いい」
「俺も」
唇を離した後、熱く燃えるような瞳を見上げて言えば、翠は嬉しそうに笑った。よかった、翠も気持ちよくなってくれてるんだ。ほっとしたのも束の間、突然翠が中から雄芯を抜いて僕をうつ伏せにした。
「んんッ、ふぅ、……あッ、」
再び挿入ってくる熱い雄芯は激しく僕の最奥を穿つ。さっきまで、僕のことを労わってじっくりと味わうような腰の動きだったのに全然違う。
ギシギシとベッドが音を立てる。顔が見えないのは嫌だと思ったけれど、その代わりと言わんばかりに何度も項に口付けを落とされる。その度に甘美な痺れに全身が包まれて、無いはずの子宮がきゅんと疼いた。
――翠の全てを注ぎ込まれて、孕まされたい。
僕に芽生えた何かがそう望んでいる。
……噛んで。
喉元まで出てきていた言葉を、僅かに残っていた理性で押し留める。何も余計なことを言わないようにきゅと唇を噛み締めていれば、僕を揺さぶりながら翠が口を開く。
「……陽、」
「んん、」
「俺のものになって」
「ふっ、うん……、なるっ」
嗚呼、翠が僕を望んでくれた。
囁かれた言葉の意味を理解した途端、ぱあっと視界が開けるみたいに心がクリアになって、僕は何度も頷いた。
翠は僕のものにはなれないけれど、僕は翠のものになりたいから、形なんてもう何だっていい。翠が望むなら、その御心のままに。
「ッ翠、もうっ……」
「ん、……俺もそろそろ限界」
「あぁっ、んぅ……ッ」
「ふ、……っ、」
「……ッ!」
ドクドクと中で脈打つ翠を感じて、ぎゅうと締め付ける。あ、出されたんだってはっきり分かるほど、熱い飛沫を受け止めてたまらなく喜んでしまう。奥へと子種を押し込むようにされると、錯覚する。僕なんかが、翠の子を孕めるはずがないのに。
そう卑屈になる前に、最後にひとつ、ちゅと口付けを落とした翠は一拍置いて僕の項に歯を立てた。その瞬間、ぶわりと噎せ返るほどの甘美な香りに包まれて一瞬何が起こったのか分からなくなる。僕の雄芯は気づかぬうちにトロトロと精液を吐き出していた。
いつもは感じていた痛みもなくて、ただ甘い疼きだけが残る。それはまるでおままごとのような。たとえ意味の無い行為だったとしても、僕の心は今までで一番満たされている。
「……これで全部俺のだ」
ぽつりと零された言葉の意味を追究することはできなくて、聞こえなかったふりをした。そんな僕を慈しむように背中に、肩に口付けが降ってくる。
隣に寝転んだ翠は、星のように煌めく瞳にあたたかい光を灯して、疲れてうつらうつらしている僕の頭を撫でた。
「無理させちゃったね」
「ん、翠……」
「大丈夫、今夜はずっと隣にいるから」
翠の腕の中は心地よくて、一気に睡魔が襲ってくる。そっか、一晩中ずっと翠を独り占めできるんだ。嬉しくなって微笑みながら寝落ちた僕を、翠がどんな瞳で見ていたのか、僕は知る由もなかった。
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