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手探りで触れた頬は温かく、柔らかかった。
俺をすり抜けた頬を追って手を伸ばすと、レオは俺に馬乗りになっていた。
薄明りに照らされて俺を見下ろす男は、俺の知る無邪気なボーイじゃない。
化粧がなくてもとてもキレイに見えるのは、朧な夜の灯りを纏(まと)い慣れているからか。
淫靡に微笑(わら)いながら、流れるようにスウェットシャツを脱いだ男のシルエットはプロだった。
踊り子のように突き出した胸と腹の曲線が、しなやかな肉の奥の熱い粘膜を想起させる。
膝立ちで腰を上げ、ゆっくりと下ろしていくパンツからペニスが勃ち上がる。陰部もどこも、あるべき毛のない肉体は、つるりとしていて艶(なま)めかしい。
手を伸ばして触れてみた腹は熱く、肌は滑らかで、手入れの行き届いた体が肉欲をそそる。
俺の腰をゆらゆらと擦(こす)る股が後ずさり、俺のパンツに手をかけた男が笑う。
俺の街屈指の男娼は、これからフェラで俺を悦ばせた後で、最後の一滴を搾り取るまで腰を振るだろう。
「……」
体を起こし、手首を掴んでやめさせると、レオは挑発的に俺を覗いた。
鼻につく香水は消えていたが、石鹸とはまた別の、甘くジューシーな匂いが香る。
長いまつ毛、緑に金が滲むアートのような瞳、高い鼻梁、そして整った唇と白い歯列。
今更に知る本当の彼は、思わず気後れしてしまうほど、美しいオトコだった。
「…俺は、お前の客じゃない」
「そうだねーーー」
「ヤんならフツーにヤる」
「…フツーってーーー」
怪訝な唇に食いつくと、裸の男は「あ」と強くしがみついた。
自分で言っておきながら、俺はフツーのセックスがなんだかよくわかっていなかった。最後にしたのは確か半年も前で、それも酔っぱらっていて、相手はパブで隣り合った行きずりの女だったことくらいしか覚えていない。まともな交際相手としたのはもう10年以上も昔のことで、泥沼の記憶の底に埋もれている。
…そしてそれは、この男も似たようなものなのかもしれない、と思う。
舌をねじ込みながら押し倒したレオは、俺の頭を掻き抱いて負けじと強く吸い返した。
平たい胸に、特に欲情はない。それでも、揉んでみた脂肪は柔らかく、紅く染まっていく乳首に興奮した。それを立てた歯でしごき、舌で潰しながら啜ってみると、「あん♡」と悦ぶ声にわざとらしさはなかった。
「どうしてほしい」と聞いたのは、単に男との行為に慣れていなかったからだ。
「ぬいでよ」と俺を睨んだ目は、艶(つや)っぽく濡れている。
裸で覆いかぶさると、レオは待ち構えていたように絡める体を擦(す)り付けた。
「…おちんちん、なめてほしい」
耳元で囁く声の僅かな躊躇(ためら)いに、どういうわけか股間に熱いものが滾った。
「…」
ペニスを咥えてやると、レオは「んあ」と指を噛んで喜んだ。
男のモノなんて、しゃぶっても楽しくはない。それでも、レオのそれが不快じゃなかったのは、単にオスの臭いがしなかったからだ。職業(しごと)柄、普段からケアを怠らないんだろうが、単純にもそれだけで舐めてやろうという気は増した。
口で暴れるモノを四苦八苦しながら愛撫しているだけで、レオはみるみる乱れた。
溢れ出したしょっぱい汁をやむなく吸ってやるとすぐ、「くる、きちゃう」と喚いた体が強く強張ったが、精液は出ていない。
「…おちんちん…すわれると……ここ…いっちゃう…」
ハァハァと喘ぎ混じりに説明をくれたレオは、ふしだらに微笑(わら)う唇を舐めた。
震える指が擦(さす)る下腹の底で、ぴくぴくと跳ねるペニスが先走りを垂らしている。
正直、よくわからなかったが、今更気恥ずかしそうに目を反らす彼に強くそそられた。
「…そーか」
それから、しつこくフェラを続けたのは、確かに彼が言った通り、強く吸うたびに達しては崩れていく姿に目を奪われていたからだ。
淫らな口を開けて、悩ましい息を止めて、体をくねらせながら。手当たり次第に爪を立てて、脚をよじり、浮かせて振る腰を時には俺の頭に押し付けながら。
こんな姿を目の当たりにしていれば、もっともっと、限界まで追い詰めてみたい好奇心と、このまま壊れるほど堕としてみたいというどす黒い劣情に囚われて、顎が外れるんじゃないかってくらい繰り返した。
どれくらいそうしていたのか、先に音を上げたのはレオだった。
「…ア、のぉまん、も、もぉ、もぉっ…」
腿を抱えて自ら股を突き出したレオは、ふやけた呂律でねだった。
震える指が示すケツの穴は縦に割れていて、息を吐(つ)くたびに卑猥に収縮する。
ゴムを取って戻ると、レオは「はやく」と焦れた指でケツの穴を広げた。
彼の大事なそこは入り口も中も意外なほど綺麗で、さらに思いがけないことに、俺のペニスはそれを痛いほど切望していた。
「はやく、いれてよぉ…」
切ない懇願を無視してアヌスを舐めたのは、下手に扱うわけにはいかないからで、好んでやりたいもんでもない。
それでも、先走りを飲みすぎて乾いた舌でなんとか唾液を注いでやり、指を沈めて解(ほぐ)していれば、また達したレオは、「もぉ、ゆるして」と啜り泣くように呻いた。
嵐みたいに滅茶苦茶で、互いの快感をひたすら探りながら力尽きる場所を探すような行為は、つまり、遊びにしては熱心なセックスだった、と思う。
ここんとこご無沙汰だったせいですぐにへばりはしなかったが、3個ゴムを使ったところでタネもゴムも在庫が切れた。
「いきたりない」と甘ったれたレオは、「ラップまいてやって」とゴネた。
彼も挿入後は3度は射精に至っていたし、とっくに泥みたいにクタクタなのにとんだ底なしかと舌を巻いた。
ラップ云々を無視して打ち止めを言い渡して、「やだ」と拗ねたレオを抱いてなだめた。
「またやればいいだろ」と言うと、彼は「そうする」とあっさり諦めたわりに懲りずに甘えるから、それぞれのペニスが萎(しぼ)むまでキスを繰り返した。
こんな、まるで恋人同士が愛し合うような甘ったるい時間(とき)を、それも数時間も、ステディな相手がいた時でさえ過ごした覚えはなかった。
余計なことを何も考えずにただ没頭できたのは、孤独な夜を都合よく紛らわせただけと片付けるより、クリスマスのマジックってやつだと思うほうがずっと気分がいい。
それから、キスなんてしてればペニスはなかなか収まるもんじゃないとわかった後で、「いかないでよ」と駄々をこねるレオを置いてベッドを出た。
キッチンに行くと、水のボトルは底をつきかけていた。それとポットの残りの湯をコップに入れて寝室に戻ると、レオは布団も掛けずにうつ伏せでぐだぐだしていた。
「ほら」
顔だけ起こしてコップを取ったレオは、「のーまん、やさしい」とヘラヘラした。
「フツーだ」
レオが後背位(バック)を嫌がったから、後ろからは膝立ちと寝ながらした。そのため、最中はろくに見ていなかった背中や尻を眺めてみれば白亜の彫像みたいで、高い男と寝たんだなと妙な実感が湧いた。
「…キレーだな」
腰の左右の2つの窪みをなぞってみると、レオは尻をもぞもぞ振って笑った。
「…うれしい、ぼくのおしり、よくしまったでしょ」
「…あぁ、風邪ひく」
ベッドに入って布団をかけてやると、レオは「ちゃんとえくささいずしてんの」と俺を抱き枕にした。
恍惚の余韻で蕩けた体はずっしりと重く、まだまだ熱かったが、腕を回した背中は冷え始めていた。
「…のーまん」
とろんとした声は、さっさと寝る気はないらしかった。
俺の右胸にそっと手を滑らせたレオは、小さく口を開いた。
「…このきず、なに?」
俺の右肩から胸には、大きく裂けた古傷の痕がある。触れると不快感が半端なく、普段からなるべく触らないようにしているが、気狂いみたいに縺(もつ)れ合った最中でも、レオはそこを舐めたり触ったりしなかった。性的にはあけっぴろげでも、そういった本当にセンシティブなものの扱いをちゃんと心得ているのが、プロらしいと思える。
「……そーだな、それは、俺がソーホーに居着いたキッカケ、みたいなやつだ」
「…?」
「…生活安全課の前は、テロ対策司令部にいた…いきなりものものしいだろ…」
息を潜めたレオは、微動だにせず俺の言葉を待っている。
「12年前か…地下鉄のでかい爆破事件があったの、覚えてるだろ?…あの後、立て続けに爆破や未遂が起きた、そのうちの一つで受けた傷がそれだ…」
その事件(とき)の詳細も、そこで大きな喪失を被(こうむ)ったことも話す気はなかった。少なくとも今は、目の前で同僚が弾け飛んだみたいな話はする必要がない。
「…体は治っても、心がばっきり折れたままだった…だから、転属させてもらった」
「…そーなんだ」
あえて、素っ気なく。傷のない肩に頬を擦(なす)るレオが、心地よかった。
「…のーまん」
「ん」
「…ありがと」
「何が?」
「せっくす、きもちかった」
「…そーか」
「うん」
「なら、よかった」
「…」
「…それ、わざわざ礼言うようなことか??」
「ウン」
「そーか」
「…」
「…俺は、謝ろうと思ってたーーー」
「なにを?」
「しょっぱい夜ですまん、ってーーー」
「ずれてる」
「…そーか」
「ねよ」と囁いて、俺にめいっぱいしがみついたレオは、それきり黙った。
そして俺も、目を閉じて重たい温もりを抱いていれば、すぐに眠りに落ちた。
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