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第5話
「……噛みたい、と思ったんだ」
「……かみたい……ですか?」
「ああ。そなたの項を、噛みたいと──」
「は……? ……はぁ?」
リオールが“噛みたい”と言った意味を、オメガであるはすぐに理解したようだった。
アルファがオメガの項を噛むということは、番になりたいという意志の現れである。
オメガは目を見開き、ぽかんと口を開ける。驚きすぎて間抜けに見えるその表情でさえ、リオールにはどこか魅力的に映った。
──このひとは、やはり美しいな。
「……番になりたい、ということですか」
「……うん」
直球の問いに、リオールは羞恥に顔を赤らめた。
熱を持った頬を腕で隠すようにして、視線を落とす。
これほど真っ直ぐに、誰かに気持ちを伝えたのは初めてだ。
きっと、困らせている。
こんなにも突然で、唐突に言葉を告げられて、彼は返す言葉に迷っているに違いない。
二人の間に、少しばかり重たい沈黙が落ちる。
その時間が長くなるほど、リオールの胸の鼓動は高鳴り、そして不安にかき乱されていく。
耐えきれず、きっと赤らんでいるであろう顔を上げた。
「な……名前は、なんと言う?」
「ぁ……アスカ、です」
「アスカ……アスカか。美しい名前だな」
口にした瞬間、名前の響きが胸にじんわりと広がる。
名前を知れたことが嬉しかった。
心が、ほんの少しあたたかくなる。
自然と微笑みが零れ、リオールはその名を何度か小さく繰り返した。
「アスカ……」
何度呼んでも、心が満たされていくようで。
この温かさが『幸せ』というものなのかもしれない──そう思いながら、顔を真っ赤にしているアスカを見つめる。
「アスカ。……私の番になっては、くれないか」
「つ、番、ですか……?」
「ああ。そなたと、一緒に生きていきたい」
出会って間もない。
けれど、この心の震えと温もりは、本能が教えてくれる。
──これは、運命なのだと。
リオールはそう信じていた。だが、アスカは困惑したまま、何も言葉を返さない。
「……返事は、急がなくていい。ただ……聞かなかったことにだけは、しないでほしい」
「……わ、わかりました……」
その小さな返事だけで、今は充分だった。
リオールは胸を撫で下ろし、そっと息を吐くと、再びアスカに視線を戻し、やわらかく笑った。
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