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第6話

■■■  リオールと別れたあと、アスカは帰宅途中の橋の上で立ち止まり、川面を見下ろしていた。  水面に映る陽の光がゆらゆらと揺れて、心の奥のざわつきまで映し出すようだった。  ──思い返すのは、数日前のこと。 □ 「皇太子殿下の訓練相手として、そなたが選ばれた」  突然、国からの使者がそう告げにやってきた。  あまりに唐突な申し出に、アスカはもちろん、両親も弟たちも呆然として言葉を失った。  皇太子殿下に関わる機会など滅多にあるものではない。  それだけでも大変名誉なことなのだが── 「……え、これ、本当に……?」  報酬金の額に、目を疑った。  これまで見た事もない程の金額で、思わず手が震える。  これまでアスカは、発情期のたびに家族に迷惑ばかりかけてきた。それに、オメガであることを、心のどこかで負い目に思っていた。  けれど今、その性が誰かの役に立てるなら。家族に少しでも恩を返せるなら──これは、逃すわけにはいかない。  やり遂げれば、しばらくの間は貧しさに苦しまずに済むだろう。  そう思って、深く考える間もなく了承の返事をした。  だがその直後、訓練の“内容”を知らされ、アスカはその場に固まる。  皇太子殿下の訓練。それは、夜伽のことだった。  両親の顔色が見る間に青ざめる。  弟たちは内容を理解できず、ただきょとんと首を傾げているだけ。  それでもアスカはぐっと震える手を握りしめる。 「……本当に、それをやり遂げれば、この金額が貰えるのですか」 「ああ」  使者は淡々と頷く。  リオールがどんな人物なのかは分からない。  でも、できるなら──少しでも優しい人であってほしい。  胸の内に、小さな願いを灯す。 「アスカ……無理しなくてもいいのよ」  母が背中を撫でながら、不安げな目でそう言った。  アスカは微笑んで、その手を握る。 「母さん、俺……やるよ」 「そんな……あなたが犠牲になることはないの」  “犠牲”という言葉に、使者の眉がぴくりと動いた。  怒りを買う前に、アスカは首を振る。 「犠牲なんかじゃない。……ありがたいことなんだ。だから、やってくるよ。……上手くできるかは分からないけど……」  声は少し震えていたが、瞳はまっすぐだった。 「……やります。俺を、連れて行ってください」  伽なんて、経験もない。  誰かと付き合ったことすらない自分に務まるのか、不安ばかりが押し寄せてくる。  それでも。 「承知した。三日後、迎えに来る」  使者はそう言い残し、帰っていった。  三日先の約束は、すぐそばに迫る刃のようで恐ろしい。  まだ時間があるはずなのに、胸の中ではずっと緊張の波が打ち寄せていた。  怒らせないようにしなきゃ。  ちゃんと役目を果たさなきゃ。  そう言い聞かせるように、何度も深呼吸を繰り返しながら、三日後、「頑張って」と家族に見送られ、アスカは家をあとにした。

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