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第7話
訪れた王宮は、これまで見たこともないほど大きく、そして威厳のあるものだった。
庶民の暮らしとはあまりにかけ離れたその佇まいに、アスカは思わず息を呑む。
王宮内に入って最初に案内されたのは湯殿だ。
湯に浸かる間もなく、複数の手によって体の隅々まで丁寧に洗われる。
誰かに洗われるなんて初めてで、しかも裸を見られているのは初対面の人たち。
恥ずかしさで身を縮めそうになるが、お給金のためだと何度も心の中で唱え、なんとか耐えた。
綺麗に洗い上げられた肌には、これまで触れたこともないような、上質な布でできた衣が着せられた。
汚してはいけないと慎重になってしまい、少し息苦しい。
「よろしいですか、爪は立てぬように。多少の痛みや辛さは我慢してください。とはいえ、殿下はお優しい方です。どうしても耐えられぬ時は、正直にお伝えください。必ず止めてくださいます」
「……はい」
「これより、殿下の寝殿へお連れします。途中で目隠しをいたしますが、殿下が許すまで外さぬように。天蓋の中へご案内いたしますので、その場でご挨拶を」
いよいよ、その時が近づいてきた。
アスカは、淡々とした口調で重ねられる言葉を、ただ静かに聞いた。
「ご不明な点は?」
「……いえ、大丈夫です」
「では参りましょう」
心臓がドクドクとうるさく鳴っていた。
まるで、胸から飛び出してしまうのではないかと思うほどに。
やがて寝殿の前に着くと、最後に目隠しがされ、やさしく背中を押される。
布の揺れる気配と共に、天蓋の中へと導かれていく。
「お待たせいたしました。本日はどうぞ、よろしくお願いいたします」
声は震えなかった。よかった。
あとは流れに身を任せ、終わるのを待つだけ。
──そう、思っていたのに。
どうして、俺は今、地下牢にいるのだろうか。
薄暗く、湿った冷気が肌にまとわりつく。
息を吸っても胸が冷え、指先が悴んだ。
何もかもが現実離れしていて、まるで悪い夢を見ているようだった。
あのとき、挨拶をした。それだけだ。
何かを身に着けているかと聞かれたが、それは禁じられている条件だったから当然、何も着けていないと答えた。
それだけのことで、怒りに触れたのだろうか?
まさか……不敬だと咎められて、死罪になったりしないだろうな……。
そんな想像ばかりが頭の中を巡る。
怖い。震えが止まらない。
汚してはいけないと思っていた服も、今ではすっかり薄汚れてしまった。
気を紛らわす術もなく、不安だけが膨らみ続けていたそのとき、ガチャリ──と、扉の開く音が響いた。
アスカは顔を上げる。
そこに立っていたのは、無愛想な表情の兵士だった。
「出ていいぞ」
促されるまま立ち上がり、牢の外に出る。
「……俺は、これからどうすれば……?」
「お前が着てきた服はそこにある。着替えて、静かに帰れ」
「……どうして捕まったんでしょうか」
「知らん。俺に聞くな」
ふい、と顔を背けられる。
答えは何も得られず、アスカは黙って着替えを済ませた。
案内された階段を静かに上る。
その先に見えるのは、明るなっている空と王宮の外壁。
歩き出す足取りは重く、心の中には答えのない疑問だけが残っていた。
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