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第8話

 結局のところ、お給金ももらえず、訳も分からぬまま拘束されて終わった。  まさか、こんな理不尽な結果になるとは思ってもいなかった。  胸の奥にじわりと広がる、悔しさと情けなさ。どうしようもなく心が重い。  どんな顔をして帰ればいいのだろうか。  きっと、皆は期待して待ってくれている。  その気持ちに応えるどころか、何一つ成果もなく、ただ戻るだけなんて。  肩を落とし、俯いたままとぼとぼと歩いていたその時。 「待て!」  突然の大声に、アスカは驚いて振り返った。  目に飛び込んできたのは、息を切らしてこちらへ走ってくる見目麗しい青年の姿。  織りの細かい、明らかに高貴な身分の者だけが纏う衣服。  その気迫に押され、アスカは咄嗟に頭を下げる。 「良かった、まだ、近くにいた」  聞き覚えのある声だった。  昨夜、寝殿で聞いた──皇太子殿下の声と同じ。  それに気づいた瞬間、今度は何をやらかしたのだろうと、心臓がまた暴れだす。  しかも、殿下の後ろには何人もの従者たち。余計に落ち着かない。 「そなたは目隠しをしていたので私の顔は見ていないと思うが、私は皇太子リオール・エイリーク・エーヴェルだ。昨日は……本当に申し訳ないことをした」  まっすぐに向けられた謝罪の言葉に、戸惑いが先に立つ。  言いたいことは山ほどあったけれど、まさかそれを口にできる立場でもなく。 「め、滅相もありません……」  胸の中に溜まった感情に蓋をして、ただそう答えるしかなかった。 「少し、話せないだろうか」 「ぇ……?」 「昨日のことをちゃんと謝りたい」  思わず顔を上げる。  殿下は、どこか困ったような、悔やんでいるような表情をしていた。 「それに……私の勝手で追い出したうえ、さらに捕らえさせてしまったと聞いた。昨日の分の報酬も、きちんと支払う。だから少しだけ……話がしたいんだ」  アスカは思わず『はて?』と小さく首を傾げる。 「……私は不敬を働いて捕らえられたのでは……?」 「違う!」  リオールの声が少しだけ大きくなった。 「そなたを連れ出せと言ったのは……。そのことも含めて、話がしたいんだ。時間はあるだろうか」  追い出された理由もわからないままでは納得できないし、何よりこのまま帰っても後味が悪すぎる。  それに──タダ働きなんてまっぴらごめんだ。 「……時間はあります」 「! よかった。案内する。ついてきてくれ」  リオールが踵を返し、従者たちを従えて歩き出す。  アスカはその背を見つめ、少し迷いながらも静かにあとを追った。

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