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第9話

□    そして、告げられたのは「番になってくれないか」という一言だった。  その時はあまりのことに頭が真っ白になって何も考えられなかった。  けれど、落ち着いてから改めて考えてみれば、殿下は十四歳、アスカはすでに十八の成人だ。  その年齢差に気づいた途端、胸の奥にざわりとしたものが生まれた。  どうしたものか、と頭を抱える。  というのも、アスカの一人目の弟、アレンは殿下と同い年だった。  だからこそ、余計に思ってしまうのだ。  まだ十四年しか生きていない少年を、自分のもとに縛りつけてしまっていいのだろうか。  アスカはいつも弟たちに願っている。  たくさんの人に出会い、さまざまな経験をして、恋をして、人との関わりを楽しんでほしいと。  それなのに、彼からその自由を奪ってしまっていいのだろうか?  もちろん、オメガとしてアルファに求められることは嬉しい。  それに、これは玉の輿どころの話ではない。  相手は王族、しかも皇太子。  貧しい平民である自分にとっては、家族の暮らしを支える絶好の機会でもある。  ──それに、 「……可愛かったなぁ」  無礼だと怒られるかもしれないけれど。  堂々とした口調がふいに崩れて、恥じらうように視線を逸らすその姿は、反則なくらい愛らしかった。  名前を教えたとき、彼は優しく、それこそ宝物でも扱うように、何度も「アスカ」と呼んでくれた。  その響きはくすぐったくて、けれど確かに嬉しかった。  また、あの柔らかな笑みが見たい。  ふっと微笑んだあの表情は、美しくて、儚くて。  胸の奥がぎゅっと締めつけられるようにドキドキした。  ぼんやりと物思いに耽っていると、懐に忍ばせた金貨が、チャリンと音を立てる。  その音にハッと我に返り、そっと懐に手を添えた。  帰り際に手渡されたそれは今回の“仕事”にしては、明らかに多すぎる。  そもそも、本来の目的だった仕事は何一つ果たしていないのに。  アスカは胸の奥に小さな引っかかりを覚えながら、静かに足を踏み出す。  複雑な思いを抱えたまま、家へと向かった。

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