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第12話

「……襲いそうになったのでございます」  わずかに伏し目がちに、しかしはっきりと口にする。  正直に告げると沈黙が流れた。  謁見所の広さが、まるで圧力のようにリオールの体にのしかかる。 「襲う、とは──つまり、そのオメガが気に入ったということか」  低く問う国王の声音には威圧と探るような色が混じっていた。  リオールは躊躇わずにうなずく。 「その通りでございます」  答えると、父王はほんの一瞬だけ眉を上げたようだったが、すぐに無表情に戻り、短く告げた。 「──婚姻しろ」  あまりに当然のような響きだった。 「私も、できればそのようにしたいと考えております」  だが、すぐには頷けなかった。リオールの声には僅かな躊躇が滲む。 「何だ。問題があるのか」 「……まだ、相手と気持ちが通じておりません」  言いながら、胸の奥が熱くなるのを感じる。  リオールが成人するまでまだ時間がある。  それに、アスカの心が定まるまで──彼の意志が自分に向くまで、リオールは誠実に待つつもりだった。  だが、その思いは父には通じない。 「何を腑抜けたことを。お前は『王』になるのだぞ」  鋭く切り捨てるような声。  その言葉は、責務と支配を当然とする王の姿を象徴していた。 「お前の欲しいものは、全て手に入れねばならぬ。王とはそういうものだ」 「……私は、愛し合いたいのです」  ぽつりと、だが強い意志で言った。  顔を上げると、国王の眉がわずかにひそめられる。 「金銀や宝石で心を動かすことはできたとしても、そうして得た心は、私自身を愛してはくれないでしょう」  静かに語られるその言葉に、国王は少しのあいだ無言だった。  やがて、嘲るように鼻を鳴らし── 「くだらん。もう良い、下がれ」  リオールに目を向けることなく、王は手を振った。  それはまるで、感情を抱くこと自体を「未熟」と切り捨てるかのような仕草だった。 「……失礼いたします」  静かに礼をし、背を向ける。  謁見所を出るまで、決して背筋を緩めることはしなかった。  だが扉が閉まり、王の姿が見えなくなった瞬間、リオールはようやく、浅く、長い息を吐いた。  たった数分の会話だったのに、どっぷりと疲れてしまい、まるで長い戦を終えた後のようだった。

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