13 / 207
第13話
□
事件が起こったのは、それからほんの数日後のことだった。
朝から穏やかな陽が差し込む中、リオールは宝石商との面会に臨んでいた。
アスカへの贈り物として、どんな石が彼の白い肌に映えるか、どの石ならば心から喜んでくれるか。それを考えるだけでいつになく心が弾んでいた。
だがその時間は、突然の喧騒に打ち破られる。
「──殿下!」
廊下の奥から駆け込んできた陽春の声に、宝石を選びかけていたリオールは手を止める。
明らかにただならぬ気配に、眉間がぴくりと寄る。
「何事だ」
「……陛下が……アスカ殿を──」
その続きを聞く間もなく、リオールは立ち上がった。
胸の奥に突如として冷たいものが走る。
陽春の蒼ざめた顔を見て、嫌な予感は確信へと変わっていった。
全てを放り出して、国王の元へと足を向ける。
駆けながら、過去に何度も見た『王』しての父の姿が頭をよぎった。
無慈悲で、冷酷で、手段を選ばぬ支配者。
まさに『王』と呼ばれる崇高なお方。
謁見所に辿り着いた時、すでに場は緊迫した空気に包まれていた。
遠巻きに見守る近侍たちの視線を無視し、リオールは無礼を承知で扉を押し開けた。
「陛下、何事ですか」
そう声をかけた瞬間、視線の先に飛び込んできたのは、冷たい大理石の床に両手をつき、頭を垂れたまま震えているアスカの姿だった。
その前に立つのは、もちろん国王だ。
彼の鋭い視線が、まるで『物』を扱うかのようにアスカを見下ろしている。
「コレがお前の欲しがっていたものであろう」
吐き捨てるようなその言葉に、リオールは言葉を失った。
アスカがどんな経緯でここへ連れてこられたのかはわからない。
だが、彼が震えているという事実だけで、リオールには十分で。
「……陛下、これは一体……」
「余が許す。この者と婚姻しろ」
命令のように冷たく下される言葉。
王に従えという意志が、言外に滲んでいた。
だがリオールは、一歩も引かなかった。
感情を抑え、静かに、しかし確かな口調で言う。
「このようなやり方は──あまりに礼を欠いております」
「聞こえなかったか」
国王は苛立ちを隠さずに言い放った。
「──婚姻しろ、と言っている」
それはもはや対話ではなく命令である。
それも、拒絶を許さぬ圧で。
リオールは胸中に渦巻く怒りを必死に押し殺しながら、アスカへとゆっくり歩み寄った。
その肩がかすかに跳ねるのを見て、心が傷む。
「……大丈夫だ。私がついている」
囁くように言う声が、ようやくアスカの耳に届いたかのようで、彼の震えが少しだけおさまった。
ともだちにシェアしよう!

