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第13話

□  事件が起こったのは、それからほんの数日後のことだった。  朝から穏やかな陽が差し込む中、リオールは宝石商との面会に臨んでいた。  アスカへの贈り物として、どんな石が彼の白い肌に映えるか、どの石ならば心から喜んでくれるか。それを考えるだけでいつになく心が弾んでいた。  だがその時間は、突然の喧騒に打ち破られる。 「──殿下!」  廊下の奥から駆け込んできた陽春の声に、宝石を選びかけていたリオールは手を止める。  明らかにただならぬ気配に、眉間がぴくりと寄る。 「何事だ」 「……陛下が……アスカ殿を──」  その続きを聞く間もなく、リオールは立ち上がった。  胸の奥に突如として冷たいものが走る。  陽春の蒼ざめた顔を見て、嫌な予感は確信へと変わっていった。  全てを放り出して、国王の元へと足を向ける。  駆けながら、過去に何度も見た『王』しての父の姿が頭をよぎった。  無慈悲で、冷酷で、手段を選ばぬ支配者。  まさに『王』と呼ばれる崇高なお方。  謁見所に辿り着いた時、すでに場は緊迫した空気に包まれていた。  遠巻きに見守る近侍たちの視線を無視し、リオールは無礼を承知で扉を押し開けた。 「陛下、何事ですか」  そう声をかけた瞬間、視線の先に飛び込んできたのは、冷たい大理石の床に両手をつき、頭を垂れたまま震えているアスカの姿だった。  その前に立つのは、もちろん国王だ。  彼の鋭い視線が、まるで『物』を扱うかのようにアスカを見下ろしている。 「コレがお前の欲しがっていたものであろう」  吐き捨てるようなその言葉に、リオールは言葉を失った。  アスカがどんな経緯でここへ連れてこられたのかはわからない。  だが、彼が震えているという事実だけで、リオールには十分で。 「……陛下、これは一体……」 「余が許す。この者と婚姻しろ」  命令のように冷たく下される言葉。  王に従えという意志が、言外に滲んでいた。  だがリオールは、一歩も引かなかった。  感情を抑え、静かに、しかし確かな口調で言う。 「このようなやり方は──あまりに礼を欠いております」 「聞こえなかったか」  国王は苛立ちを隠さずに言い放った。 「──婚姻しろ、と言っている」  それはもはや対話ではなく命令である。  それも、拒絶を許さぬ圧で。  リオールは胸中に渦巻く怒りを必死に押し殺しながら、アスカへとゆっくり歩み寄った。  その肩がかすかに跳ねるのを見て、心が傷む。 「……大丈夫だ。私がついている」  囁くように言う声が、ようやくアスカの耳に届いたかのようで、彼の震えが少しだけおさまった。

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