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第16話

 王宮に着くや否や、引き摺るように謁見所へ連れて行かれ、何もわからないまま床に伏せる。  やがて王が入ってきた瞬間、空気が変わるのを感じた。 「お前が皇太子を誑かしたオメガか」 「……っ!?」  全身が凍りついた。誑かした覚えなど無い。  それどころか、リオールに対して真摯に、慎重に接してきたつもりだったのに。 「皇太子は優秀で、そして甘い。だからこそ、そなたに猶予を与えたのだろうが──余は違う」 声は冷たく、そして一片の感情もなかった。 「すぐに番となれ。婚姻しろ。心などどうでも良い。これは国のためだ」  その言葉に、アスカの胸は締めつけられた。  自分は物にでもなったのだろうか。  心などいらぬと言い切るこの人は、リオールのことさえ道具としか見ていないのではないかと──。 「拒むなら、そなたの一族ごと国外追放とする」  唇を噛みしめたその時、リオールが現れた。  静かに──しかし毅然とした態度で国王と対話を交わした彼は、部屋を出る際、ほんの一瞬だけ悔しげな表情を浮かべた。  そんな彼は今、すぐそばで俯いて、額を手で覆っている。 「殿下……」 「──すまなかった」  静かに頭を下げたリオールに、アスカは慌てて駆け寄った。 「おやめください! どうして貴方が謝るんですか……!」 「陛下が、まさかここまで強引に出るとは……。怖かっただろう。家族は……無事か」 「……はい、きっと無事です」 「本当に、すまない。……そなたに会いたい気持ちばかりが募って、陛下の動向を見誤った」  痛ましい声に、アスカは小さく首を振った。 「殿下は悪くありません。……私も、決して会いたくないわけじゃなかったです」  リオールが目を見開く。 「ただ、私にはまだ気持ちの整理がついていなくて……すぐには返事をできません」 「……わかっている。私は待つ。だが──陛下は、それを許さない」  苦悩の表情を浮かべ、何か策はないかと思考を巡らせるリオールに、弟の姿を思い浮かべる。  笑顔で、何を気にすることも無く、ただ無邪気に生きている姿を。  同じ年であるのに、全くと言っていいほど二人は違う。  だからこそ、アスカは少しでも、リオールの心が楽になれば良いと思った。 「……では。伝えてください。番になるつもりで婚姻します、と」 「つもり……? ……陛下を騙す気か」  リオールの目が鋭くなる。  いくら陛下に対しての心労が募っていても、王族として、国王を冒涜するような行為は見逃せないのだろう。 「騙すだなんてそんなことはしません。未来のことは誰にもわからない。だから、そのつもりだと申し上げます。今この場を切り抜けるためにも、家族を守るためにも……」 「……屁理屈だな」 「それでも、守りたいものがあるんです。大切な人たちを、絶対に失いたくないから」  リオールは暫くアスカを見つめ、それから、そっと目を伏せた。 「……ありがとう。そなたを、必ず守ると約束しよう」 アスカの胸に、微かに温かい灯がともった気がした。

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