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第20話

■■■  アスカが王宮にやって来て、すでに数日が経過していた。  その間、まるで狙ったかのようにリオールは連日の政務に追われていた。会う時間はおろか、文を交わすことすら難しく、もどかしい日々が続く。  王宮のどこかにアスカが確かにいる。それを知っていながら触れられない距離は、リオールにとってもどかしくて仕方がなかった。  我慢の限界だったのだろう。とうとうリオールは政務の合間を縫い、席を抜け出してアスカの仮住まいへと足を向ける。 「殿下、お願いです。ほんの一目だけですよ? 一目見たら、必ず政務にお戻りください」  陽春が慌てたように背後から声をかけるが、リオールは足を止めない。 「執拗いぞ、陽春」  ぶっきらぼうにそう言い捨てた声には、抑えきれない苛立ちと焦りが滲んでいた。陽春は不安を抱えながらも、黙ってその背に従うしかなかった。  仮住まいの一角に差し掛かった時だった。リオールの足が唐突に止まる。 「……?」  陽春が訝しんだ瞬間、リオールの顔が僅かに険しくなった。  声が、聞こえたのだ。 「あのオメガ、またヴェルデ様に叱られてたのよ」 「そりゃ仕方ないわよ。教養も何も無い平民でしょ? どうしてここに居るのかしらね。それに、皇太子殿下の后になろうなんて、身の程知らずにも程があるわ」  くすくすと笑い声まで混じるその会話に、従者たちが一斉に息を呑むのがわかった。  リオールの表情は、しかしまったく動かなかった。  だが、その沈黙の奥底に燃え上がる怒りを、陽春は誰よりも理解していた。  幼い頃から側に仕えてきたからこそわかる。彼の感情が、今、確実に沸点に達していることを。

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