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第21話

 リオールは無言のまま、ゆっくりと仮住まいの扉へ向かって歩を進めた。  リオールに気づいた侍女のひとりが振り返り、はっとしたように微笑んで恭しく一礼する。 「アスカは」 「はい、中にいらっしゃいます」  返ってきた声はどこまでも平坦で、まるで何も聞かれていないと信じ込んでいるかのようだった。  けれどその横で控えていた陽春は、背筋をひやりと冷たいものが撫でるのを感じていた。  ──酷く、お怒りになられている。  感情を顔に出すことのないリオールの声が、微かに震えていた。その震えに気づけるのは、きっと自分くらいしかいない。  リオールは静かに、しかし足早に扉を開け、アスカの住まいの中へと足を踏み入れる。すると、そこには思わず目を細めたくなるような光景があった。 「いい加減になさい! 何度も繰り返しているでしょう!」 「っ、も、申し訳ございませんっ」 「これ程までに出来の悪い生徒は初めてです……やはり、平民だからかしら」  冷たい声が、容赦なくアスカの上に降りかかる。  叱責の言葉を浴びたアスカは肩を震わせ、視線を落としていた。その姿に、リオールの中の怒りが決壊しそうになる。  無意識に手が動きそうになった瞬間、陽春がすかさず前に立ち塞がった。 「殿下、どうかお心をお鎮めください」 「……できるわけがないだろう。そこを退け」 「承知しております。ですが……アスカ様の前では、お怒りのままのお姿を見せるべきではありません。きっと、怯えさせてしまいます」  陽春の額には、珍しく汗が滲んでいた。  リオールの持つアルファとしての威圧感は、普段は抑えられているが、一度感情が揺れれば誰もが畏怖を抱くほどの強烈なものだ。  ましてや、まだここでの生活に馴染めていないアスカの前では尚更だった。  リオールは静かに目を伏せ、ゆっくりと息を吐く。  そうだ。怒りに任せて動いてはならない。今の自分は『皇太子』なのだから。

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