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第22話
リオールは一歩、足を踏み出した。
陽春がさっと道を空ける。その目は、不安と信頼が入り混じった複雑な色をしていた。
再び深呼吸をする。
「……何をしている」
その場の空気が、一瞬で凍りついた。
室内に響いたのは、低く張った声。
怒鳴り声ではないのに、静かで重たい圧があった。
振り返ったヴェルデが、目を見開く。
アスカは思わず肩を震わせ、立ったまま硬直していた。
「殿下……っ、いらっしゃったのですか」
ヴェルデの声に取り繕うような笑みが混じるが、リオールは一切表情を変えず、彼女に近づいていく。
「教育の任は確かにお前に託した。しかし、侮辱を許した覚えはない」
「い、いえ、私はただ指導を──」
「『平民だからかしら』と? それが貴女の指導法か」
リオールの声に、室内の空気がさらに張り詰めた。
言葉自体は冷静で、穏やかですらあるのだが、その奥底には、隠せない怒りが宿っていた。
「身分を理由に人を見下す者が教える立場にあるとは思わない。……今日をもって、お前の任は解く」
息を呑んだヴェルデがなんとか反論しようとしたが、その一歩手前でリオールの視線に射抜かれ、唇を噤むしかなかった。
「……ご無礼を。失礼いたします」
一礼し、足早に部屋を出ていくヴェルデ。
残されたアスカは、長い袖の中で拳を握りしめたまま、小さく震えていた。
「アスカ」
リオールは、ふとその姿に目をやる。
下を向いたまま、何も言わず、ただ立っている彼。
アスカはその場にいた誰よりも、自身の『無力さ』を痛感していた。
「……よく、耐えたな」
リオールの声が、少しだけ和らいだ。
それは、アスカだけに向けられた声音で、皇太子ではなく、ただのリオールとしての言葉だった。
「そなたがここに居るのは、私が選んだからだ。誰にも、そなたを否定させるつもりはない」
その一言に、アスカの目が揺れる。
ただの慰めではない。甘やかしでも、情けでもない。
この場所にいていいと、たったひとり、リオールが言ってくれた──それが、どれほどアスカの心を救ったか。
アスカは小さく唇を噛みしめ、深く頭を下げる。
「……ありがとうございます」
リオールはそれ以上は何も言わず、少しだけ視線を落とすと、静かに踵を返して部屋を出た。
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