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第23話

 リオールは執務室に戻ると、先程までの怒りをぶつけるように執務に励んだ。  それは陽春が心配になるくらいのものだ。  休む間もなく手と頭を動かし、夜になり軽く食事を取れば再び執務に戻る。  いよいよお休みになられないと、お体を壊しかねないと思い、陽春がリオールに声をかけようとした時。  執務室の扉が開き、アスカに付いている侍従──薄氷(うすらい)がやって来て、陽春に耳打ちをする。  陽春は少し顔色を明るくさせると、すぐにリオールの傍に寄った。 「殿下、アスカ様からご連絡が」 「……アスカが?」  その名前が聞こえると、机上から視線を上げる。 「はい。もしもお時間が許すなら、少し散策しませんかと」  リオールは心做しか顔色を明るくさせた。 「すぐ、すぐにアスカのもとに向かう」 「かしこまりました」  陽春は笑みを深くする。  久しぶりにリオールの明るい表情が見られたことがただ嬉しかったのだ。  リオールはすぐに身嗜みを整えると、陽春を見て「おかしくはないか?」と問い掛けた。 「ええ、全くもっておかしくなどありません」 「今日は少し肌寒いだろうか。庭を歩くならアスカに羽織を持っていくべきだろうか」 「その方がアスカ様もお喜びになるかもしれませんね」 「あとは……あとは、何が必要だろうか」  アスカがまるで何を必要とするのかがわからず、リオールは普段の姿からは想像できない程落ち着きがなくなっている。 「殿下」 「なんだ、何が要る」 「アスカ様は殿下が必要なのですよ。きっと今日のことがあって心寂しいのでしょう。お隣にそっと寄り添うだけでも、癒されるはずです」 「……そうだろうか」  ヴェルデからの指導と称した侮辱的な発言を、アスカは一人長いあいだ耐えていた。  早く気付くことも出来なかった自分が傍にいるだけで、彼の心を癒すことはできるのだろうか。 「ええ。きっとお傍にいてほしいからこそ、殿下を散策にお誘いになったのですよ」  陽春の柔らかい笑みに嘘偽りの色はない。  リオールはひとつ頷くと、一枚の羽織りだけを準備させて、アスカのもとに急いだ。

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