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第27話

 薄氷の言葉にそっと背中を押され、アスカは今夜──リオールを散策に誘ってみることを決めた。  決意を胸に、夜を待つまでの時間を静かに過ごす。  部屋に置かれていた本に目を通しながらも、内容はあまり頭に入ってこなかった。  陽が傾き始めると、食事をとり、薄氷がいつものように無表情で身支度を手伝い始める。  その表情に変化はないが、どこか丁寧さが増しているように感じて、アスカは小さく息を吐いた。 「そういえば、清夏さんはどこかにお出掛けしてるんでしょうか」  いつも居る彼女がいないのは気になっていた。 「清夏のことはお気になさらず。明日には戻って参ります」 「そうですか……」  あまり詮索しない方がいいのだろうと、アスカは薄氷の言葉を素直に受け入れ、口をつぐんだ。  薄氷はアスカの身なりを今一度丁寧に整えると、「では、先に殿下にお伝えして参ります」と静かに告げて部屋を後にする。  一人になると、胸のあたりがそわそわとして落ち着かず、椅子に腰かけていることもできずに、部屋の中をうろうろと歩き回る。  リオールがこの誘いに応えてくれるかはわからない。  忙しいことは十分にわかっているので、断られてもおかしくはない。  そう思い込もうとしても、自然と両手を揉みながら時間をやり過ごしてしまう。 そんな中、部屋の向こうから足音が近づき、やがて薄氷が戻ってきて、恭しく頭を下げた。 「殿下がお越しになるようです」 「っ! ほ、本当ですか……?」 「はい。外でお待ちしましょう」  まさか、忙しいのにも関わらず、こんなことのために時間を割いてくれるとは思っていなかった。  驚きと嬉しさが混じって、思わず笑みがこぼれる。  この時アスカは『久しぶりに笑ったかも』と自身の頬を両手で押さえた。  

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