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第28話
住まいの前でアスカは緊張しながら待っていた。
傍に控える薄氷はいつも通りだが、その他の従者もどこか落ち着きがないように見える。
「……薄氷さん」
「はい」
「……あの、殿下に対して、してはいけないことはありますか」
「……。私共とアスカ様は違います」
「それは──」
アスカが続けて薄氷に質問をしようとした時、「皇太子殿下がお越しになりました」と侍女の声が聞こえた。
振り返れば、少し息が上がった様子のリオールがそこに居て、アスカは慌てて一礼する。
「──アスカ」
鼓膜を揺らす声はどこまでも穏やかで、無意識に張っていた気が解けていくような感覚に、ホッと息を吐く。
「殿下」
「……そなたから誘ってもらえるとは思ってもみなかった。さあ、行こう」
手を差し出され、驚き少し身を引いた。
それでもリオールは待っている。アスカが自ら手を重ねてくれるのを。
「よ、よろしいの、ですか」
「不思議な質問だな。何がいけないんだ」
「……」
「さあ、手を」
優しい声に導かれ、アスカはそっと手を重ねた。
そのまま、足を踏み入れたことのない庭に案内される。
そこでは側仕え達も皆離れた場所で待機していて、アスカとリオールだけの空間になる。
「アスカ」
「はい、殿下」
「……。今は二人きりだ。殿下などと呼ぶな。私の名を忘れたわけではないだろう」
「ぁ……で、ですが」
アスカには苦い思い出がある。
ヴェルデに指導を受け始めた時のこと。
誤って殿下のことを名前で呼んでしまったのだ。
その途端ヴェルデは血相を変えて、「平民が皇太子殿下の御名前を口にするなんて……!」とアスカを叱ったのだ。
「御名前は、呼べません。怒られてしまいます」
「……誰に?」
「ヴェルデ様に」
アスカは目を伏せ、視界に入った繋がれたままの手を見つめる。
本当はこうして触れることさえ簡単にできるようなお方では無いのに。
「アスカ、良いことを教えてやろう」
「……なんでしょう」
「この私より尊い御人は、この国に一人しかいない」
「え?」
「つまり、国王陛下だ。国王陛下が私の名を呼ぶなとアスカを叱ったのなら、それは仕方がないが……。そうではないだろう。私が良いと言うのだ。だから──名前を呼んでくれ」
どこか寂しそうな子供のようだった。
アスカはキュッとつないだ手に力を込める。
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