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第29話

「り、リオール様」  緊張と恥ずかしさに声が震えた。  訓練の時にも呼んだことのある名前のはずなのに、今はより特別なものに思える。  けれどリオールからの反応が無く、アスカは少し不安に感じながら顔を上げた。 「っ!」 「っ、み、見ないでくれ……」  するとそこには、顔を真っ赤に染めているリオールの姿があって、アスカもつられるように顔が熱くなっていく。 「まさか、こんなに恥ずかしくて嬉しいものだとは思っていなかった。ただ、名前を呼ばれただけなのに」  口元を片手で覆い隠したリオールに、アスカは視線を忙しなく動かした。  恥ずかしかったこともあるのだが、リオールの些細な事にでも喜んでくれるところに『可愛い』という感情が膨らんでいって、けれど皇太子に対してそんなふうに思うのはよろしくないと、感情を抑えようとしている。 「アスカ。私は初めて名前というものの尊さを知ったよ」  しかしまさか、そんな感想を告げられるとも思わず、思わず口をついて出てしまった。 「っ、リオール様、あまりそう言ったことを言われてしまうと、恥ずかしいです。それに……」 「それに?」 「……とても、可愛らしく、思います」  アスカは頬の熱さに、手を繋いでいないもう片方の手で冷やすように頬を押さえる。  フッと、小さくリオールが笑うのがわかった。  怒られないかと不安ではあったが、その笑みに負の感情は含まれていないように聞こえる。 「私に『可愛らしい』と言うのは、そなただけだぞ」 「……も、申し訳ございません」  リオールの表情を読めず、不安がよぎってアスカは思わず謝ってしまった。  しかし、繋いでいた手を強く引かれ、不可抗力でリオールの胸に飛び込んでしまう。 「わっ!」 「怒ってなどいない。そなただけは特別だ。私を『可愛らしい』と思うことを許そう」  そっと背中に手が回される。  アスカは突然のことに驚いて目を見張り、そのまま固まってしまった。

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