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第30話

 こういう時はどうするべきなのだろうか。  アスカは彼の背中に触れたいのに、それが正しいのかわからず、宙に浮かせた手を震わせた。 「──すまなかった」 「……え?」  唐突にリオールに謝罪されたことで、思考が止まる。  何に対して謝られているのか全くと言って分からなかったからだ。 「リオール様……?」 「……」  名前を呼んでも、返事はなかった。  不安になってその表情を確かめたくても、抱きしめられたままでは顔を見ることができない。  沈黙が落ちる。  やがて風が吹き抜け、草木がさわさわと揺れた。 「──そなたが、あんな目に遭っていたことに気付けなかった」  リオールのこんな声は初めて聞いた。  アスカは彼の腕の中で静かに言葉を聞く。 「執務が忙しかっただなんて、ただの言い訳だ。番になりたいと思っている相手を、こんなにも放置して、知らぬ間に傷つけられてしまっていた。悔やんでも悔やみきれない」 「リオール様……」  背中に回された腕の力が、じわりと強くなる。  リオールは心の底から悔いているのだと、アスカにも伝わってきた。  けれど──それは、リオールが謝るようなことではない。  むしろ謝るべきなのは、自分の方ではないかと、アスカは思っていた。 「リオール様は、何も悪くないのです。それよりもきっと、私の至らなさに、貴方を失望させてばかりでしょう」 「! 何を言うか! そのように思ったことはただの一度も無い!」  そっと抱擁が解かれ、代わりに肩を掴まれる。  交わった視線の先には、真剣さと、わずかな怒りを湛えながらも、どこか温かさを宿した瞳があった。 「ですが、私のせいで、いつかリオール様に余計なご心労をおかけしてしまうかもしれません。私は、貴方の──お荷物になってしまう」 「それでいい。それの何が悪い。日々努力を重ねているそなたに、私が失望するなど有り得ん」 「……」  その一言一言に込められた熱が、アスカの心を大きく揺らす。 「私が……私がアスカをここへ連れてきた。巻き込んだのは私のほうだ。それなのに、そなたは何も言わず、耐えて、ここに居てくれている。──だから、頼む。そんなことは二度と口にしないでくれ」  再び強く抱きしめられ、アスカは戸惑いのまま身を預けることしかできなかった。  ──どうして。  どうして、彼はここまで自分を庇ってくれるのだろう。  番になりたいと望まれていることは知っている。  けれど──それだけで、こんなにも深く守ろうとしてくれるものなのだろうか。 「リオール様は……私に、番になってほしいと仰いましたね」 「ああ、そうだ」 「……それは、なぜですか。それに……どうして、ここまで私を庇ってくださるのです」  アスカにとって、この状況は家族を守るために選んだ手段でしかない。  リオールが好きだから宮廷に来たわけではない自分には、彼の心の在り処がどうしても掴めないままだった。

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