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第33話

「──私も、あの日のこと、忘れられません」  アスカの声は震えていたけれど、その目はまっすぐにリオールを見つめていた。 「あの時は……怖くて、混乱して……正直、どうしてこんな目に遭わなければいけないんだって思いました。でも、いま……こうして話を聞いていると、なんだか胸が痛くて……」  言葉が途切れ、アスカは羽織の端をぎゅっと握りしめる。  リオールは伸ばしかけた手を、そっと引っ込めて拳を握った。 「私は、家族を守るために、ここに来ました。──それはきっと、リオール様のお気持ちを、利用していることになります」 「……」 「そんな私は、やはりここに居るべきではないのだと思うのです」 「そんなことはない」  リオールの言葉は短く、それでいて迷いのない力強さを持っていた。 「私の気持ちを利用した? 構わない。理由が何であれ、アスカがここに居ることに意味がある」  アスカの肩が、かすかに震える。 「そなたは、私の心を動かした。あれは偶然なんかじゃない。……運命だとは言わない。けれど、私はそなたを選びたいと思ったんだ」 「……でも、私は……」 「……アスカ」  リオールはそっと距離を詰め、静かに言葉を紡ぐ。 「そなたが家族を想うように、私もそなたを想っている。一方的かもしれないが……それでも私は、そなたに傍にいてほしい」  ふっと、夜風が吹き抜ける。  羽織が揺れ、ふたりの間に、優しい沈黙が満ちていく。  アスカは小さく息を吐き、顔を上げてリオールを見つめた。 「……本当に、私が居ても、いいんですか」 「ああ」  リオールは穏やかに微笑む。  アスカの震える唇が、かすかに音を紡いだ。 「……あなたが望むのであれば、ここに居ます。──ここで、あなたと共に生きたい」  その瞬間、リオールはようやく、この場所に 光が差したような気がした。

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