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第34話

■■■ 「そなたは、私の心を動かした。あれは偶然なんかじゃない。……運命だとは言わない。けれど、私はそなたを選びたいと思ったんだ」  リオールのその言葉は、まるで暖かな雨が乾いた地に染み渡るように、アスカの胸へと沁み込んでいった。  誰かに『選ばれる』こと。  誰かの『心を動かす』存在として、認められること。  そんなこと、自分には一生無縁だと思っていた。 「そなたが家族を想うように、私もそなたを想っている。一方的かもしれないが……それでも私は、そなたに傍にいてほしい」  そっと囁かれるようなその声に、アスカの心が揺れる。  ──こんなにも、まっすぐに求められたことがあっただろうか。  オメガであるというだけで、ずっと負い目を感じてきた。  家族に申し訳なくて、存在自体が厄介だと、自分でも思ってしまっていた。  未来に期待することもできず、夢を見ることすら、どこかで諦めていたのに。  そんな自分に手を差し伸べてくれたのが、リオールだった。  高貴な身にありながら、分け隔てなく見てくれて、守ろうとしてくれた。  その温もりに、いつしか心が惹かれていった。  ──できることなら、自分も彼を守りたい。  ただ庇護されるだけの存在ではなく、彼にとっての「力」になりたい。  けれど。  彼の傍にいるということは、これまで以上の覚悟がいる。  これまで以上に、理不尽な声を浴びることになるだろう。  それでも。  彼がそれでも傍にと望むのなら。 「……本当に、わたしが居ても、いいんですか」  恐る恐る口にした問いに、リオールは何の迷いも見せずに頷いた。 「いいとも。むしろ──居てほしい」  その笑顔は静かで、けれどどこまでも真剣だった。  ──ああ、この人は本当に、必要だと言ってくれる。  胸の奥がきゅっと締め付けられ、同時に熱がじんわりと広がっていく。  指先は緊張で冷たかったけれど、心だけは確かに温かかった。 「……あなたが望むのであれば、ここに居ます。──ここで、あなたと共に生きたい」  その言葉は、小さく震えながらも、確かな決意を宿していた。

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