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第35話

□  少し離れた場所から、陽春と薄氷が静かに二人の様子を見守っていた。 「……おや、これはなかなか」  陽春が口元をゆるめ、ひとつ肩を竦める。 「まるで芝居の一幕のようであるな。──殿下はああ見えて本気だろう」 「本気でなければ、ここまで心を開くこともなかったでしょうね」  薄氷は少しだけ目を細める。声に感情はあまり込めないが、その目は確かに優しさを帯びていた。  月明かりに照らされた二人は、静かに向き合い、言葉を交わしていた。  アスカの背に羽織がかけられている様子を見て、陽春はふっと笑う。 「おおかた、殿下の方が救われてるように見える。……さて、これで我々の仕事も少しは楽になるかな」 「……楽にはならないでしょう。むしろ、これからが本番です」 「それも、そうか」  陽春が頭をかきながら笑う。  一方の薄氷は、静かにアスカへと目を向けた。 「……それでも、あの方が殿下の光であることに、変わりはないでしょう」  風が、やわらかく通り抜ける。  小さく揺れた灯火が、二人の表情をほんの一瞬だけ照らした。 「薄氷よ、決してアスカ様から離れるでないぞ。必ず、お前の命を持ってしても、あの方をお守りしろ」 「わかっております」 「……あの方が居なくなった時のことを考えると、私は恐ろしくて堪らない」  アスカな居なくなった時の、リオールのことを考えると、おそらくこの国はダメになる。  あってはならない未来を想像し、小さく身震いする陽春は、穏やかに談笑している二人を見守っていた。

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