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第37話

 リオールに連れられるまま、彼の宮にやって来たアスカは、置かれている豪華な装飾を壊すことがないようにと、恐る恐るした様子で小さくなって椅子に腰かけた。  その姿があまりにも健気で、リオールはつい笑みをこぼす。 「それ程までに怯えなくとも良い。壊れたなら、直せばいいだけだ。この国には腕の立つ職人が多くいる」 「そ、そうは、おっしゃいますが……」 「?」 「やはり、私にとっては恐れ多くて」  いまだに小さくなるアスカとリオールの前に、湯呑みが差し出される。  それを手に、アスカはそっと息をついた。  静かなこの部屋に、聞こえるのは湯気の立つ音と、ふたりの心音だけのようだった。 「……やはり緊張します。こんな場所に長くいると、背筋が勝手に伸びてしまう」 「……そう思わせるのは私の落ち度かもしれないな」  リオールはわざとらしく肩を落としてみせた。 「私としては、そなたにはもう少し気を抜いてもらいたいのだが」 「気を抜いたら、何かを壊しそうで……」 「申しただろう。壊したら、直す。それで良い。──それよりも、そなたがここで安らげないことの方が、私は気に障る」  その言葉に、アスカは目を見張った。  まっすぐに言われてしまうと、胸の奥がじんと熱くなる。  湯呑みを置き、ひとつ小さく息を吐いた。 「……では、少しだけ、気を抜かせていただきます」 「うん。そうしてくれ」  リオールの表情が、どこか嬉しそうに緩む。  ふとアスカが欠伸を噛み殺したのを見て、リオールは気づかうように声をかけた。 「……眠いのか?」 「い、いえ、そんな──少しだけ、今日が濃かったので」 「ならば、ここで眠れば良い」  アスカは一瞬戸惑ったようだったが、リオールの真剣な表情に押され、首をかしげた。

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