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第40話

 リオールは執務があるらしく、名残惜しくも朝はあっさりと別れることになった。  アスカは薄氷と従者に付き添われ、仮住まいの宮へと戻る。 「薄氷さん」 「はい」  歩みながら、アスカは薄氷に声をかけた。 「貴方のおかげで、殿下とよく話すことができました。ありがとうございます」 「いえ、それは全てアスカ様の努力の賜物です」 「そんな……。貴方がいなければ、今も私は一人、燻っていただけでしたよ」  一人では、決して踏み出せなかった。  薄氷が優しく背中を押してくれなければ、何も始まらなかったに違いない。 「ありがとうございます」 「……では、そのお言葉、有難く頂戴いたしましょう」  立ち止まり、深々と頭を下げる薄氷に、アスカは自然と表情をほころばせた。  これからも、ずっとそばで見守っていてほしい。心からそう思う。    宮に戻ると、そこには清夏がいた。  相変わらず愛想はないが、それでも「おはようございます」と形式的な挨拶を欠かさないのが、彼女らしかった。  朝食が用意され、アスカはいつものように席につく。  だが今朝は、これまでと少しだけ違っていた。  口にした食事を、心から「美味しい」と思えたのだ。  これまでは、誰かに見張られているようで、味わう余裕すらなかった。  けれど、リオールと語らい、胸のつかえが少しほどけた今は、心の軽さとともに、食事の味もしっかりと感じられる。   「アスカ様」 「はい」  清夏の声に顔を上げると、彼女は淡々と告げた。 「昨日、ヴェルデ様の任が解かれました。つきましては、次の指導者が決まるまで、少々お時間をいただくことになります」 「あ……はい」 「何かご希望はございますか?」  問われても、誰がどんな人物かもわからない。アスカは困ったように、苦笑を浮かべた。 「お任せします。私には、どなたが適任か……まだわかりません」 「かしこまりました。それでは、そのように」    まだまだ、知らないことばかりだ。  早く、この王宮のことを理解しなければいけないのに──。 「清夏さん」 「はい」 「……私に、王宮のことを教えていただけませんか」 「……」  清夏は僅かに眉を動かし、アスカをまっすぐに見つめた。  その視線は、どこか品定めするようで、居心地の悪さが肩をすくませる。  それでも、アスカは視線を逸らさなかった。 「──承知しました」 「ぁ、ありがとうございます」  アスカはそっと胸をなで下ろした。

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