40 / 207
第40話
リオールは執務があるらしく、名残惜しくも朝はあっさりと別れることになった。
アスカは薄氷と従者に付き添われ、仮住まいの宮へと戻る。
「薄氷さん」
「はい」
歩みながら、アスカは薄氷に声をかけた。
「貴方のおかげで、殿下とよく話すことができました。ありがとうございます」
「いえ、それは全てアスカ様の努力の賜物です」
「そんな……。貴方がいなければ、今も私は一人、燻っていただけでしたよ」
一人では、決して踏み出せなかった。
薄氷が優しく背中を押してくれなければ、何も始まらなかったに違いない。
「ありがとうございます」
「……では、そのお言葉、有難く頂戴いたしましょう」
立ち止まり、深々と頭を下げる薄氷に、アスカは自然と表情をほころばせた。
これからも、ずっとそばで見守っていてほしい。心からそう思う。
宮に戻ると、そこには清夏がいた。
相変わらず愛想はないが、それでも「おはようございます」と形式的な挨拶を欠かさないのが、彼女らしかった。
朝食が用意され、アスカはいつものように席につく。
だが今朝は、これまでと少しだけ違っていた。
口にした食事を、心から「美味しい」と思えたのだ。
これまでは、誰かに見張られているようで、味わう余裕すらなかった。
けれど、リオールと語らい、胸のつかえが少しほどけた今は、心の軽さとともに、食事の味もしっかりと感じられる。
「アスカ様」
「はい」
清夏の声に顔を上げると、彼女は淡々と告げた。
「昨日、ヴェルデ様の任が解かれました。つきましては、次の指導者が決まるまで、少々お時間をいただくことになります」
「あ……はい」
「何かご希望はございますか?」
問われても、誰がどんな人物かもわからない。アスカは困ったように、苦笑を浮かべた。
「お任せします。私には、どなたが適任か……まだわかりません」
「かしこまりました。それでは、そのように」
まだまだ、知らないことばかりだ。
早く、この王宮のことを理解しなければいけないのに──。
「清夏さん」
「はい」
「……私に、王宮のことを教えていただけませんか」
「……」
清夏は僅かに眉を動かし、アスカをまっすぐに見つめた。
その視線は、どこか品定めするようで、居心地の悪さが肩をすくませる。
それでも、アスカは視線を逸らさなかった。
「──承知しました」
「ぁ、ありがとうございます」
アスカはそっと胸をなで下ろした。
ともだちにシェアしよう!

