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第41話
清夏は、食事を終え後片付けの済んだアスカの前に、一枚の簡略図を差し出した。
墨の線が丁寧に引かれたそれは、王宮の構造を示す地図だった。
「こちらが政務宮。国王陛下をはじめ、大臣方や文官たちが執務にあたる場所です。殿下も、通常はこちらでお務めをされています」
「……すごく、広いですね」
「はい。そしてこちらが后宮──かつては多くの方が生活をされていましたが、今はほとんど使われていません」
アスカは小さく首を傾けた。
「使われていない、とは……?」
「殿下がお生まれになり、殿下のお母上様が王宮を去られてから、国王陛下は新たな后を娶っておられません。殿下が実質的な後継者として定められているのは、そのためでもあります」
静かに告げられた言葉に、アスカは視線を落とした。
リオールがひとり、静かな部屋で執務をしている姿がふと脳裏に浮かぶ。
「……あの、殿下の宮はこちら、ですよね?」
アスカが地図の一角を指差すと、清夏は頷いた。
「はい。王宮の東寄り、やや離れた場所にございます。こうして離れた場所にあるのは、殿下ご自身の意思でもあり──陛下との距離が、そのまま物理的にも現れていると見る者もいるようです」
清夏は一瞬、目を伏せて、どこか悲しげな表情で言葉を続ける。
「──あのお方ほど、王宮に在りながら孤独な方を、私は知りません」
しかし淡々と言い切る清夏の言葉に、アスカは身じろぎした。
「……王宮には、見えないものが多すぎます」
「それが王宮です。見えるものだけで判断しては、命を落とします。噂も、人も、行動も──すべてに気をつけなければなりません」
その口調には、まるで何かを見てきたような確信があった。
「……では、私はどうすればいいんでしょう。何を信じて、どう動けば……」
「それを探すのは、アスカ様のお役目です」
「……」
アスカは言葉を失った。けれど、逃げる気にはなれなかった。
「どなたを守りたいのでしょう。どなたと共に生きたいですか? それを念頭に、賢く生きなければ未来は明るくはないでしょう」
清夏の言葉に思い浮かぶのは、大切な家族と、リオールだ。
深く息を吐き目を閉じたアスカは、再びゆっくりと目を開ける。
「……教えてくださって、ありがとうございます。今日から、できることをひとつずつ覚えます」
「その覚悟があれば、きっと道は開けます」
清夏は、ほんのわずかに口の端を動かした。
それは、彼女なりの微笑だったのかもしれない。
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