47 / 207

第47話

 抑制剤を服用してから、すでに一刻は経っていた。  医師の診たてでは、もう効いているはずだという。  それを聞いた途端、リオールは躊躇なく席を立った。護衛を伴うようにと陽春は言ったが、それは拒否する。  アスカが今、フェロモンを放っているというなら、なるべく人数は少ない方がいい。  扉を開けた瞬間、熱気を孕んだ風が肌を撫でた。  昼を過ぎた庭には初夏の陽射しが容赦なく降り注ぎ、湿った空気が服に貼りつく。  けれど、心の焦りに比べれば、こんな暑さは何でもなかった。  リオールは足早に、アスカが隔離された離れへと向かう。  人目を避けるように配されたその小宮の前には、すでに清夏と薄氷が立っていた。  二人とも、いつも通りの静かな顔でリオールを迎える。  けれど、どこか張り詰めた空気が、門扉の前に立つ彼の足を止めさせた。 「……会いに来た。案内してくれ」  リオールの声は、自分でも驚くほど静かだった。  清夏は軽く一礼した後、目線だけで薄氷に合図を送る。  薄氷は静かに小宮の中へと消えていった。  沈黙が落ちる。  時間にしてわずか数分だったが、リオールにはひどく長く感じられた。  ──そして、薄氷が戻ってくる。  扉を閉め、リオールの前に立った彼は、少しだけ言い淀んだ。 「……アスカ様は、今はお会いになれないと」  その言葉が、まるで凍った刃のように胸の奥に突き刺さる。 「……そう、か」  それ以上、何も言えなかった。  怒りでも悲しみでもなく、ただ心の奥にぽたりと穴が開くような、そんな感覚だった。  会えないというのは、それは、信頼されていないということだろうか。  それとも、ただ……幼すぎるから? 「……わかった。様子はまた報せてくれ」  そう言って踵を返したとき、吹き抜けた風が背中をなぞった。  あたたかいはずの風が、ひどく冷たく感じた。

ともだちにシェアしよう!