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第53話

■■■  執務室に緊張が走る。  陽春は冷や汗をにじませながら、アスカ付きの侍女──清夏の報告に耳を傾けていた。 「……今、なんと申した」  低く落ちたリオールの声には、明らかに抑えきれない怒気が滲んでいた。  清夏はひとつ深く息を吸い、頭を下げたまま、はっきりとした声で告げる。 「アスカ様のもとに、宦官が遣わされました 」  次の瞬間、椅子の脚が大きな音を立てて引き摺られた。  リオールが立ち上がったその動きに、部屋の空気が一瞬で凍りつく。  少年の身にしては不相応な、王の血が宿る者だけが持つアルファの威圧が、室内を支配した。 「誰が──そんな命を?」  低く、喉の奥で鳴る獣のような声。  その問いかけに、清夏は唾液を飲み込んだ。 「……王命とのことです」 「なぜ、今この瞬間にそんなことをする必要がある……! アスカは──」  リオールの拳が机に叩きつけられた。  重い音が響き、机の上の書類が宙に舞った。 「……私と会うことすら拒んでいたのに」  その声には、怒りの奥に痛みが混じっていた。  アスカに拒絶されたこと。それを理由に身を引いた自分。  けれど、その影で、別の誰かがアスカに触れようとしている。  その事実が、許せなかった。 「すぐに向かう」  誰かが何かを発言するよりも早く、リオールは駆け出していた。  陽春が「お待ちを!」と叫んだが、その声も届かない。  怒りに満ちたまま、リオールはアスカのもとへと走り抜けた。  間に合わないかもしれない。  頭ではそうわかっていても、足は止められなかった。

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