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第57話

 王座の間に呼び出されたリオールは、いつものように頭を下げたりせず、静かに国王を見据える。 「──陛下。ひとつ、お話がございます」 「なんだ、急に。おまえが礼儀を欠くとは珍しいな」 「礼儀を尽くすに値しない命令が、つい先程、ございましたので」  王は目を細める。だが、リオールは怯まなかった。 「発情期のオメガに無断で宦官を宛てがうなど、暴挙です。私情ではなく、国家の安寧を考える者のすることではありません」 「……私情ではない、だと?」 「はい。もしこれが貴族の誰かに向けられた命令であっても、私は同じように意見したでしょう」 少しだけ間を置いて──リオールは一歩、王に近づく。 「王たる者は、力を誇示することで威厳を保つのではなく、理によって民と臣下を導くべきです。私はそう信じています」  玉座の上、威圧感すら纏って座る王の前で、リオールは一歩も退かずにその瞳を見据えていた。  睨むのでも、媚びるのでもない、真っすぐな視線。 「……私が黙して従っていたのは、幼さからでも、陛下を恐れていたからでもありません」  王の眉がわずかに動いた。 「それが、この国の秩序であり、王命であるならば、それには従わなければならないと、心得ております。──ですが」  リオールの声がわずかに低くなる。 「──これは、越えてはならぬ一線でした」  側に仕える者たちが一瞬で息を飲み、空気が凍りつく。 「……先程から、感情で語るな。王は常に、国家の安定を──」 「語っているのは、感情ではありません」  リオールの声は鋭く、しかし決して声を荒げはしない。 「感情であれば──私はここで剣を抜き、貴方の喉元にそれを突き立てていることでしょう」  王の目が細められる。  その鋭利な沈黙すら、リオールは正面から受け止めた。 「ですが、私は皇太子です。王に成る者です。ならば、理を以て、語りましょう」  しばしの間、王は沈黙する。  リオールの瞳は燃えていた。  怒りと、決意とが混ざりあいながら、それでも一切を押し隠し、堂々と恐れることなく立っている。  ──その姿に、王はひとつの確信に至った。 「……あのオメガを、それほどまでに愛しているのか?」  低く投げかけられた言葉に、リオールは答えない。  けれど、その沈黙こそがすべてを物語っていた。  王はゆっくりと立ち上がる。 「ならば、愛で王権を変えてみせるがいい! 情にすがるような王を、余は必要としない。力で押し通す王だけが、王座に座る資格を持つのだ」  リオールは、王の言葉をこう理解した。  愛したいなら愛せばいい。  だがその結果、国をどう保ち、どう治めるのか。その全責任を負える覚悟があるのか。  リオールは、静かに頭を下げる。 「承知しました、陛下」  その姿に、かすかに微笑を浮かべた王は、玉座に腰を下ろす。 「せいぜい、抗ってみせよ、皇太子」  玉座の間に、静寂が満ちていた。  二つのまなざしが交差し、やがて静かに離れる。  愛を手にした少年が、王となる確かな第一歩を踏み出した。

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